まさに迷車中の迷車! なぜ販売したのか理解が難しい車3選

既存のクルマをベースに特別仕様車や派生車を仕立てるのは、開発費の削減や開発期間の短縮が可能とあって、各メーカーから数多くのモデルが誕生しています。しかし、そうしたモデルのなかには、かなり難解なモデルも存在。そこで、なぜ販売したのか理解が難しいクルマを、3車種ピックアップして紹介します。

理解するのが難解なモデルを振り返る

 既存のモデルをベースに、装備などを充実させたり、カタログモデルにはない特別なエンジンを搭載した、特別仕様車や限定車、派生車があります。

暴挙か快挙か? なぜ販売したのか理解することが難しいクルマたち
暴挙か快挙か? なぜ販売したのか理解することが難しいクルマたち

 これらのモデルの最大のメリットは開発費を抑えつつ開発期間の短縮も図られ、それでいて魅力的なモデルが仕立てられることにあるといえるでしょう。

 そのため、各メーカーとも積極的に展開しており、これまでも数多くの特別なモデルが発売されました。

 しかし、そうしたクルマのなかには、かなり難解なモデルも存在。そこで、なぜ販売したのか理解が難しいクルマを、3車種ピックアップして紹介します。

●ダイハツ「ミラ ジーノ 1000」

ヒットした軽自動車版と同じようにはいかなかった「ミラ ジーノ 1000」(画像は「ミラ ジーノ」)

 かつてトールワゴンやハイトワゴンが人気となる以前、ダイハツの軽自動車の主力車種といえば「ミラ」シリーズでした。

 ベーシックなモデル以外にも、高性能な「ミラ TR-XX」や、女性ユーザーに特化した「ミラ パルコ」、上級グレードに位置して装備が充実した「ミラ モデルノ」などが人気を博していましたが、1999年には5代目をベースにした派生車の「ミラ ジーノ」が登場。

 ミラ ジーノは4代目で展開された「ミラ クラシック」の実質的な後継車で、外観はBMC「ミニ」をオマージュしたようなフロントフェイスにメッキパーツを多用するなど、クラシカルにカスタマイズされたモデルでした。

 和製ミニともいえるミラ ジーノはユーザーには好評で、ヒット作となりました。そこで次の一手として2002年に「ミラ ジーノ 1000」が登場しました。

 車名のとおりミラ ジーノをベースに1リッター直列3気筒エンジンを搭載した登録車で、ボディは専用のバンパーとフェンダーのモールが取り付けられているほかは、ミラ ジーノと同一です。

 内装ではプロテインレザーのシートやウッドハンドル、木目調のメーター&センタークラスター、ホワイトメーターなど、クラシカルかつ高品位なアイテムを採用していました。

 しかし、乗車定員は4名のままで、エンジンの最高出力も64馬力とミラ ジーノのターボ車と変わっていないことなどから、ユーザーメリットが感じられず、単に維持費が高くなっただけという印象でした。

 実際のセールスも低迷し、2004年に2代目ミラ ジーノの登場とともにミラ ジーノ 1000は消滅。わずか2年ほどの販売期間と短命に終わりました。

 なお、現行モデルのスズキ「ジムニー」と「ジムニーシエラ」の関係も、同一のボディでエンジンが異なるという点はミラ ジーノと似ていますが、明確にエンジンパワーに差があることや、ジムニーシエラはトレッドが拡大されていることから、高速性能や走行安定性の点でジムニーシエラを選ぶメリットがあるといえるでしょう。

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●ホンダ「プレリュード Si ステイツ」

まさにバブル期だからこ誕生した限定車の「プレリュード Si ステイツ」

 かつて、ホンダのスペシャリティカーとして一世を風靡した存在がプレリュードです。とくに1982年に登場した2代目と1987年に登場した3代目は、スタイリッシュなフォルムと高い走行性能からデートカーとしてヒット作となりました。

 この3代目プレリュードのモデル末期となった1990年に、3000台の限定車として登場したユニークなモデルが「プレリュード Si ステイツ」です。

 プレリュード Si ステイツはスポーティな「Si 4WS」グレードをベースに、北米仕様と同じ2.1リッター直列4気筒DOHCエンジンを搭載。トランスミッションは4速ATのみとされました。

 外観ではサイドモールが専用品で、全幅が20mm拡大されて1715mmと3ナンバーサイズとなっており、内装では本革シートをオプション設定するなど高級路線でした。

 一方、エンジンの最高出力は2リッターのSiと変わらない145馬力で、トルクが若干向上していましたが、動力性能への影響はわずかでしょう。

 プレリュード Si ステイツはヒットした逆輸入車の「アコードクーペ」の路線を狙い、かつ3ナンバー車という当時のステータスをアピールする目的があったのかもしれません。

 ベースのSi 4WSとの26万円という価格差と、わずか100ccほどの排気量の違いで自動車税が1クラス上になってしまうことを容認して販売したことは、まさにバブル景気の為せる技といえます。

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●マツダ「パークウェイロータリー26」

マイクロバスながらロータリーエンジンを搭載した稀代の迷車「パークウェイロータリー26」

 マツダは1967年に、世界初の量産ロータリーエンジン搭載車の「コスモスポーツ」を発売。今でも日本の自動車史における偉業と讃えられています。

 その後、マツダはロータリーエンジンを主力として搭載車の拡大を開始し、ロータリーエンジン車のフルラインナップ化を進めました。

 一方、現在はマツダの自社製商用車は「ボンゴ」を最後に失われてしまいましたが、かつては大小さまざまな商用車を展開しており、1972年には豪華なマイクロバスを求めるニーズに対応した「パークウェイ26」が発売されました。

 ベースは中型トラックの「タイタン」で、外観は当時としてはモダンなスタイルを採用し、室内も快適なシートを配した26人乗り(13人乗りもあり)で、ラジオや3段切り替えの強力なヒーターを標準装備し、ソフトな天井トリムを採用するなど他社のモデルとは差別化を図っていました。

 エンジンは最高出力92馬力(グロス)の2リッターガソリンと、81馬力(グロス)の2.7リッターディーゼルをラインナップし、1974年にはさらに高性能なロータリーエンジンを搭載した「パークウェイロータリー26」がラインナップに加わります。

 エンジンは「ルーチェAP グランツーリスモ」と共通の654cc×2ローターの「13B型」で、最高出力135馬力(グロス)を発揮。

 ロータリーエンジンならではの優れた静粛性と低振動は好評だったようで、さらに当時の排出ガス規制値を大幅に下まわる優れた環境性能を発揮しました。

 しかし、ディーゼルエンジンに比べると燃費が著しく悪いことは明白で、燃料もガソリンを使用するのは経済性の大きなマイナスであり、販売は低迷して生産期間は2年と短命に終わりました。

 また、1982年にはオーソドックスなディーゼルエンジンの2代目パークウェイが発売されますが、1995年に販売を終了すると、マツダはマイクロバスの製造から撤退しました。

 それにしてもロータリー・フルラインナップ化の一貫とはいえ、かなり斬新なマイクロバスだったといえるでしょう。

※ ※ ※

 最後に紹介したパークウェイロータリー26以外にも、マツダはアメリカ専用車としてロータリーエンジンを搭載したピックアップトラックを販売していました。

 また、最終的にはお蔵入りとなってしまいましたが、軽乗用車の「シャンテ」にも360ccシングルローターのロータリーエンジンを搭載する計画がありました。

 今となっては考えられないことですが、それだけマツダも勢いがあり、攻めの姿勢だったということでしょう。

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