なぜ人は「掛ける」と言う? 「声を、服を、エンジンを…」 何でも「掛ける」と呼ぶ不思議… 1300年代から見られる日本語的表現とは
日本語では「声を掛ける」、「服を掛ける」、「電話を掛ける」、「エンジンを掛ける」など多様な場面で「掛ける」を使います。そもそも「掛ける」とはどのような意味なのでしょうか。「掛ける」という言葉は文脈によって幅広い意味を持ちますが、なぜエンジンにもこの表現が用いられるのでしょうか。
「●●を掛ける」っていうけど、なにを「掛ける」の?
「エンジンを掛ける」という表現は、決してめずらしいものではありません。
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しかし、「声を掛ける」、「服を掛ける」、「電話を掛ける」などの表現と比べると、なにをどう「掛ける」のかがはっきりしないのも事実です。
いったい、「エンジンを掛ける」という表現はどこからやってきたのでしょうか。

日本語の「掛ける」は、その用途の広さが特徴的であり、辞書を開けば1ページにわたるほど多くの意味が掲載されています。
具体的には、「動かす」「乗せる」「始める」といった基本的な動作から、「期待する」「負担をかける」など抽象的な概念まで極めて多義的で、日本語の柔軟さを表す言葉のひとつといえるでしょう。
では、この「掛ける」がエンジンを始動する行為にどのように結びついたのでしょうか。
その答えは、エンジンの歴史と当時の社会的背景に関係がありそうです。
エンジンが一般に普及しはじめたのは、19世紀末から20世紀初頭にかけてのことです。
この時代、多くの機械は手動でクランクを回す必要があり、この行為こそが「掛ける」という表現と結びついたと見られます。
手動で力を加えることが機械を動かすきっかけとなるため、「(力を)掛ける」という言葉が自然と機械の始動全般を指すようになったものと考えられます。

また、古典的な表現に目を向けると、1300年代の文献にも「掛ける」の類義語が見受けられます。
たとえば、「糸を掛ける」という表現は、機織り機を操作する際に用いられていました。
この場合、糸をセットして機織り機の動きを開始することを指しており、現代の「エンジンを掛ける」という意味合いに通じる部分がありそうです。
そのほか、電話を「掛ける」といった他の例においても、何かをつなげる、または動作を始めるという意味が共通しています。
このような観点から見ると、「掛ける」という言葉の意味は非常に汎用的で、エンジンに限らず広く応用されていることがわかります。
以前も同じ記事で良記事と書いたが、リサイクル期間も長くまぁ良記事だろう。
エンジンが掛かったままの状態をクランクと『掛ける』のは無理があるかもしれない。この場合は駆け出した後の『駆け』なのかも。
期待をする場合は「君に掛かってる」とも言うが、期待の場合は博打的な賭けるが元と言ってもいいかもしれないし、君の命が掛かってるなら命懸け。『駆け』も『賭け』も『懸け』も纏めて掛けに収まったみたいな。
他にも願掛けなんてのもあるが、本来の神道は神に願いをする場所ではない。感謝をし平穏を祈る、ここに多少の願いはあってもいいが、願いがあるならそれは金を『掛けて』祈祷をしてもらうべき。
話は逸れたが、小難しい事を抜きにして掛けると言うのは人間生活にとって使いやすい言葉でありそれ以外の細かい意味なんてない言葉なのかもしれない。迷惑を掛ける・罠に掛ける・引っ掛けるとネガティブな面でも普通に使うし成り立つ言葉なので。
クランクを回す行為に『掛けた』言葉ではなく、ただ単に汎用性の高い言葉が選ばれ使われてるだけと言ったらそれまでかもしれないね。
ハイソですなー。何度も同じ様な前回と変わりばえのない内容の記事を載せて、中身は大して変わっていないのにそれを良記事とは。
確かにひらがなで書くと、すべてがかけるになるかも知れませんが、その中でエンジンを掛けるは間違いではないでしょうか?エンジンは駆けるではないかと。音読みにした場合、「エンジンを駆動する」の駆(く)であり、訓読みの駆ける(かける)
ココは”くるまの”サイトなのに言葉遊びが好きらしいが、言葉の意味するところ等の意味をないがしろにして、自己理論を展開するのが定番だ。車両関係の「かける」については、他の方の指摘に有る様に「駆動」を意味する「駆」がふさわしいと考えられる。また、電話については「架電」という単語が示すように「架」が相応しいのではないか?結論ありきの内容にしたいがためのこじつけとしか思えないのは自分だけかな。