水素エンジン、5年目の挑戦 富士24時間レースで見えた課題 「データでは見えない真実」クルマづくりの真髄とは

水素エンジンにとって5回目の挑戦となった2025年のスーパー耐久富士24時間耐久レース。どのようなドラマがあったのでしょうか。また6月末に控える「ニュルブルクリンク24時間レース」にはどのように取り組んでいくのでしょうか。

今シーズン初のスーパー耐久! 新体制「TGRR」で2つの24時間に挑む!

 今シーズンからTOYOTA GAZOO Racing(トヨタ)、ROOKIE Racingが一体となった「TOYOTA GAZOO ROOKIE Racing(TGRR)」として、日本国内の「スーパー耐久シリーズ」、そしてトヨタとして6年ぶりに「ニュルブルクリンク24時間レース」に参戦します。
 
 そんななか、今シーズンの「スーパー耐久」としては初戦となる「富士24時間レース」が開催されました。
 
 液体水素を燃料とする水素エンジンGRカローラと、低炭素ガソリンを用いて参戦する「GR86」での参戦。とくに水素エンジンに関しては多くの注目を集めていますが、24時間レースではどのようなドラマがあったのでしょうか。
 
 また6月に控える「ニュルブルクリンク24時間レース」に向けてどのように取り組んでいくのでしょうか。
 
 自動車研究家 山本シンヤ氏が解説していきます。

TOYOTA GAZOO ROOKIE Racingが挑む2つの24時間レースとは(撮影:雪岡直樹)
TOYOTA GAZOO ROOKIE Racingが挑む2つの24時間レースとは(撮影:雪岡直樹)

 水素エンジンにとって5回目の挑戦となった2025年のスーパー耐久富士24時間耐久レース(以下S耐)。

 今年は雷雨の影響によるスタートのディレイで23時間になっただけでなく、霧やトラブルによりFCY12回、赤旗(=レース中断)が10回と言う波乱の展開でした。

 そんな中、32号車TGRR GRカローラH2コンセプトは決勝ではトラブルで一度も止まることなく468周を走り切って完走。

 その上で「他のクラスのマシンと戦う」も実現でき、総合41位(完走53台)と言う記録も残りました。

 ゴール後にモリゾウこと豊田章男氏はレース後に「ノーペナルティでノーアクシデント、やっとレースに参加できた年だったと思います」と語っています。

 その模様はすでに様々なメディアで発信されています。その多くは「液体水素が大きな前進」と言った明るい内容が主でしたが、実はその裏側でトヨタの「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」の根幹を揺るがす大事件が起きていました。

水素エンジンは確実に進化を遂げている! 豊田章男会長(モリゾウ選手)自らハンドルを握り、進化させ続けてきた(撮影:雪岡直樹)

 今回のハッピーエンドに水を指す感じになってしまいますが、水素エンジンの挑戦はもちろん、モリゾウの改革を長年追い続けてきた筆者(山本シンヤ)だからこそ気付いた、その真相を皆さんにお伝えしたいと思います。

 1つ目は木曜日の練習走行の時でした。走行中のモリゾウ選手がコース上でスピン。

 モリゾウ選手はピットに戻りマシンの違和感を伝えると、エンジニアはマシンをチェックすることなく「データでは問題ありません」と回答。

 それでは納得いかないモリゾウ氏はメカニックにマシンのチェックしてもらうと、右リアのショックアブソーバーにオイル漏れを発見。

 つまりドライビングミスではなく、クルマ側の問題だったわけです。

 2つ目は土曜日の予選の時でした。

 練習走行では2分01秒代を記録していたAドライバーのモリゾウ選手はマシントラブルで6分17秒644とダントツ最下位。

 本人は予選後、筆者に「タイム見た? これ正式記録だよ」と笑って教えてくれましたが、実はピットはとても笑えない状況でした。

 トラブルの原因はセンサー異常による過給圧不良でしたが、この時もエンジニアはテレメトリを見て「データでは問題ありません」と判断。

 その後、考えうる箇所の予測を立て対策を行ないコースに戻るも問題は解消せず。

 その繰り返しで原因が見つけられず時間だけが過ぎてしまい、あの予選タイムが正式記録になってしまったと言うわけです。

ROOKIE Racingのオーナーでもるトヨタの豊田章男会長、ドライバーとしてはモリゾウとして走る(撮影:雪岡直樹)
ROOKIE Racingのオーナーでもるトヨタの豊田章男会長、ドライバーとしてはモリゾウとして走る(撮影:雪岡直樹)

「データでは問題ありません」、この言葉は悪い時代のトヨタの技術部、豊田氏が言う「白い巨塔」の常套句です。

 現地・現物・現実に真っ向から向き合おうとせず、理想論だけで判断してしまう仕事のやり方です。

 豊田氏はこれに対して「とにかく会話が通じない」と語っていました。

 この時の事を車両開発の担当者はこのように語ってくれました。

「我々はこの時『データ上は問題ない』という、絶対にやってはいけないことをしていました。

 それを信じて違う所を探しても原因は見つかるわけありません。

 なぜなら、そのデータその物が間違っていたからです。今回で言うと、トラブルを伝えるはずの『異常フラグ』が立ちませんでした」

 S耐ではテレメトリは禁止されていますが、水素エンジンは開発のために許可されています。

 そのデータは多岐に渡り、走行中の水素エンジンの状況をエンジニアはリアルタイムに確認することが可能です。

「この時、全てのエンジニアがテレメトリを見て『機械は正しい事を言うはず』と思考が完全にしており、クルマを全く見ていない状況でした。つまり『自分たちは大丈夫、問題ありません』と言う状況でした」

 一方、スピンの話は去年ブレーキで苦労したので、とっさに『去年と同じ過ちだったらヤバい』と言う思いが先に出てしまいました。

 そのため他の原因を考える事ができず、モリゾウにデータを持って行き『ブレーキは大丈夫でした』と言っている自分がいました」(前出担当者)

 豊田氏の運転の師匠である成瀬弘氏は「大事なことは言葉やデータでクルマづくりを議論するのではなく、実際にモノを置いて、手で触れ、目で見て議論すること」とモノづくりの原点に立ち返る事を唱え、二人で“元祖”GAZOO Racingを立ち上げモータースポーツを通じて実践してきました。

トヨタにとって水素エンジンの挑戦は参戦5年目を迎える(撮影:雪岡直樹)

 その結果、トヨタは正しい方向を向き始めましたが、そう簡単に完治はしません。

「我々はモリゾウにその辺りを1度叩き直されていますが、心の中のどこかに潜在的にあるのでしょう。

 特に最近は細かいデータまで可視化できるので、知らず知らずに信用してしまう……まさにスマホ依存と同じですね。

 残念ながら我々の根底には『大企業トヨタの自分は大丈夫』、『自分は間違っていない』が存在しており、突然そこに意識がポンと飛んでしまうのです」(前出担当者)

 ちなみにこのようなトラブルは必ずと言っていいほど豊田氏がドライブしている時に起こりますが。それはなぜでしょうか。

 これは筆者の推測になってしまいますが、プロドライバーはクルマの状態に対して本能的にアジャストしながら走らせるのに対して、評価ドライバーは本能的にクルマなりに走らせるという違いだと思っています。

 もちろん豊田氏は佐々木雅弘選手とデータロガーを活用したトレーニングにより、今ではプロドライバーと変わらないタイムで走る事ができますが、成瀬氏から教わった考え、つまり評価ドライバーの本能は不変。

 これはドライビングの優劣と言うよりもアプローチの違いでしょう。

「いくら技術が進歩したとしても、ドライバーのセンサーには到底敵いません。残念ながら今回は我々の意識が『ドライバーファースト』になっていませんでした。なので、決勝はエンジニア全員の自分たちの意識を入れ替えることに使おうと決めました」(前出担当者)

表彰台の様子。モリゾウ選手の両脇には平川真子選手(左)、中嶋一貴選手(右)の姿も(撮影:雪岡直樹)
表彰台の様子。モリゾウ選手の両脇には平川真子選手(左)、中嶋一貴選手(右)の姿も(撮影:雪岡直樹)

 そして決勝のゴール後、前出担当者にその感想を聞いてみると少しだけホッとした表情で答えてくれました。

「今回我々の“持病”がニュルに行く前に出てよかったと思いました。治っていると勝手に思っていましたが、気づかないうちに再発してしまうので、それに対する“戒め”をモリゾウにもらえてよかったです。この反省を元にニュル24時間に挑みたいです」

※ ※ ※

 6年ぶりとなるニュル24時間は「原点回帰」がテーマです。

 そういう意味では今回S耐で起きたアレコレはニュルに行く前に気づくことができ、エンジニアの考えをリセットできてよかったと思っています。

 それをせずにニュル24時間に挑んでしまうとやる意味がなくなってしまうので。

【画像】スーパー耐久ってどんなレース?画像を見る!(30枚以上)

【NEW】自動車カタログでスペック情報を見る!

画像ギャラリー

1 2

【2025年最新】自動車保険満足度ランキングを見る

新車不足で人気沸騰! 欲しい車を中古車でさがす

最新記事

コメント

本コメント欄は、記事に対して個々人の意見や考えを述べたり、ユーザー同士での健全な意見交換を目的としております。マナーや法令・プライバシーに配慮をしコメントするようにお願いいたします。 なお、不適切な内容や表現であると判断した投稿や、URLを記載した投稿は削除する場合がございます。

メーカーからクルマをさがす

国産自動車メーカー

輸入自動車メーカー