トヨタが水素エンジンの「未来の扉」を開く! 様々な垣根を超えて新たな挑戦で見えたものとは

レース終了後に豊田社長が語ったこととは?

 レース終盤、このプロジェクトを統括する伊東直昭氏はこれまで起きたトラブルについて、次のように話しています。

「今回のトラブルはすべて補機類の問題で、エンジンベンチでは起きなかったことが実際に走らせると起きた……ということです。

 ただ、エンジン本体に関してはまったく異常なしで、我々がもっとも心配していた『燃焼コントロール』に関しては、現状では100点といっていいレベルだったと思っています」

 今回のレースはエンジントラブルが続出し、途中でエンジン交換を強いられたチームもいくつかありましたが、それを考えるとすべてが手の内ではない水素エンジンがここまでトラブルフリーなのは、まさに大健闘といってもいいかもしれません。

 チェッカーまであと1時間を切った辺りで、石浦宏明選手から足回りに異変との連絡が入ります。

 すぐにピットインしてチェックをおこなうと、リアサスペンションを固定するボルトに異常を発見。

 予期せぬ部品のため予備はなかったのですが、GRヤリスのプライベーターチームへのサポートで来ていたGRヤリスの開発責任者の齋藤尚彦氏が乗ってきたGRヤリスから同部品を取り外してレースカーに装着。

 GRヤリスのリアセクションはカローラと同じGA-Cプラットフォームなので流用可能だったのです。

 そして、最後のドライバーはモリゾウ選手です。

「ニュルのときから『最後のドライバーをやってください』といわれていましたが、当時は足を引っ張っていたので、『自分が走って抜かれたら嫌だな』と思っていました。

 でも、最近は個性豊かなドライバーのなかで『私が1番安全なドライバー(笑)』として、どんなときでもゴールまで運ぶので引き受けています」とのことでした。

 残りの時間と航続距離を逆算して残り20分前にコースイン。同じチームのGRスープラを駆る豊田大輔選手が追い付き、ここからはルーキーレーシングの2台のランデブー走行となり、3時にゴールしました。

24時間を完走したカローラスポーツ。 水素エンジンという「夢の扉」はいま開かれた!
24時間を完走したカローラスポーツ。 水素エンジンという「夢の扉」はいま開かれた!

 ●周回数:358周(1634km)
 ●ファステストラップ:2分4秒059
 ●走行時間:11時間54分
 ●水素充填時間:4時間5分(35回)

 これが世界初となる純粋な水素エンジン搭載のレーシングカー「ORC ROOKIE Corolla H2 concept」が戦った「スーパー耐久シリーズ2021 Powered by Hankook 第3戦 NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース」正式記録です。

 実は「ST-Q」クラスは章典外ですが、この世界初の快挙に対して「何らかの賞を上げてもいいのでは?」と思いました。

 レース後に記者会見がおこなわれましたが、まず豊田社長はこう語りました。

「長いストップタイムがありましたが、この場にいなければこれらのトラブルは出ませんでした。

 今回24時間走り抜き、データを得て、何より会社の枠を超えて経験を積むことができた人材がいたことは、今後の未来づくりにとっては良かったことだと思っています。

 10年後、20年後の未来を創るのは規制や目標値ではなく、『意志ある情熱と行動』、そして『会社を超えた取り組み』が変えていくことを実感しています。

 レース前、レース中、レース後にさまざまな人からメッセージをもらいましたが、未来づくりはトヨタだけではできません。

 550万人の仲間に加えて、水素社会を知らない人、クルマに興味のない人、モータースポーツに興味のない人が『未来の扉』を開け、我々と共に旅を始める準備ができたレースだったと思っています」

 一方、モリゾウ選手は「私が唯一、ほかのドライバーより優れていた点は『燃費』でした。それはアクセルを踏んでいない証拠かもしれませんが(笑)」と謙遜していますが、ほかのドライバーよりも多くのスティントを担当し、ほぼプロドライバーと変わらないタイムで走っていたのはいうまでもありません。

 S耐初参戦だった小林可夢偉選手は「これまで『勝つため』にレースをやってきましたが、今回初めて『ゴールまで届ける』レースをしました。そこで思ったのは、これこそが『クルマの原点』だな……と。かつて耐久レースは走り切るのが難しく『走り切った人が勝つ』だったと思います。そう思うと、今回水素エンジンでチェッカーを受けたのは優勝に匹敵すると思っています」。

 石浦宏明選手は「順位だけ見ると競っていないように見えるかもしれませんが、ドライバー目線でいうと『コーナーで抜いたり、ブレーキング競争をしたり』と、ほかのマシンと抜きつ抜かれつのレースができていました。それが初戦からできたことは凄いことです」と、二人共に水素エンジンの凄さと可能性を語ってくれました。

 開発段階から携わっていた佐々木雅弘選手は「決勝を走って、燃費/温度/エンジンの状態など、長く走ったことで良い点/悪い点が見えました。この課題をどう克服するかが大事だと思っています」と、すでに気持ちは次のステージに向かっているようでした。

※ ※ ※

 このように、多くの人の記憶のなかに大きく刻まれた2021年の富士24時間。

 ただ、大事なことはここがゴールではなく「カーボンニュートラルの実現」に向けて「水素技術を活用して内燃機関の可能性を探る」という旅の「スタートラインに立った」ということです。

 今のトヨタのスピード感であれば、今回の結果を受けて成長する姿をすぐに見ることができると思っています。

 そして、いつの日か水素エンジンが当たり前になった時代に、「あのときはね……」と、歴史の証人として語ってみたいものです。

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Writer: 山本シンヤ

自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車メディアの世界に転職。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の想いを伝えるために「自動車研究家」を名乗って活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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