まさかの「V16エンジン搭載の“4ドアセダン”」が凄かった! 6速MT×400馬力超え「超・巨大ユニット」採用! 世界最強の“幻モデル”「BMW 767iL」は歴史に残る1台か
1980年代、BMWはなんと16気筒エンジンを載せた高級車を計画していたといいます。しかし発売には至りませんでした。どのような経緯で開発されたのでしょうか。
気筒数・排気量は多い方がエライ!? そんな時代にBMWが開発したV16エンジン
近年では高級車のジャンルでも小型な4気筒エンジンの搭載が進み、排気量も少なくなりつつあります。
しかしかつては直列6気筒(直6)・V型8気筒(V8)・V型12気筒(V12)といった多気筒車や大排気量車は、高級車や高性能スポーツカーの証とされていました。
その中でも、回転バランスに優れ、スムーズで振動なく滑らかなフィーリングをもたらすV12エンジンは、市販車やレーシングカーにおける最高峰の存在といえます。では、クルマ用で12気筒以上のエンジンは存在するのでしょうか。

実は存在します。それが16気筒エンジンです。
V型16気筒(V16)エンジンは、1930年代のキャデラックやマーモン、1980年代にはスポーツカーの「チゼータ V16T」、1990年代では「ヒメネス・ノヴィア」などが採用。
レーシングカーでは、第二次世界大戦前にマセラティが、そしてアウトウニオン(アウディの前身)などがV16エンジンを搭載していました。
さらに16気筒にはW型16気筒(W16)エンジンも存在し、ブガッティ「ヴェイロン」「シロン」「トゥールビヨン」「ミストラル」などが載せていました。
しかし12気筒を超えるエンジンはサイズが巨大になってしまうだけでなく、多気筒化によるメリットよりもデメリットが上回ってしまうため、極めて特殊なエンジンだと言ってもよいでしょう。
とはいえ、多気筒・大排気量・高性能化が「高級車ウォーズ(戦争)」で勝利のカギとなりつつあった1980年代、12気筒を超えるエンジンでライバルよりもプレミアム性を得ようとしたメーカーがありました。
それが、BMWです。しかもこの事実は、開発当時の1980年代ではなく、ずっと後年の2019年にBMW自らが発表して注目を集めました。
同時期の同社におけるトップレンジセダンは、現在でもBMWのサルーンの頂点に君臨する「7シリーズ」でした。7シリーズでは1986年登場の2代目(E32型)に、5リッターSOHCのV12エンジン「M70型」ユニットを初搭載しています。
V16エンジンはこのM70型をベースに、4気筒を追加したものです。排気量は6.7リッター(6651cc)。1シリンダーあたり2バルブなので合計32バルブを備えました。最高出力は408psで、ベースであるM70型の300psに比べて大幅なパワーアップを果たしたことになります。
V16エンジンの開発は1987年頃から開始され、翌年には完成してV12エンジン搭載のロングホイールベースモデル「750iL」に積んでテストが開始されました。
このプロトタイプはコードネーム「ゴールドフィッシュ(Goldfisch=金魚)」と名付けられたほか、排気量から「767iL」とも称されました。
トランスミッションはオートマチックではなく、耐久性を考えて6速マニュアルを組み合わせていました。
ところが、V12を収められる7シリーズの長いノーズでさえ、V12エンジンよりも約30cmも長いV16エンジンの搭載には困難を極めました。
なんとかエンジンをボンネット内に押し込むことはできたものの、エンジンの前にラジエターが設置できなかったのです。
追いやられた冷却装置はリアのトランクルームに移設され、冷却風は、リアドア後部に開けられたエアインテークから導かれることとなりました。
このインテークは整ったスタイルのセダンに無理やり付けた感が強く、「エラ」のような造形を持っていました。ゴールドフィッシュのコードネームは、このインテークのイメージから取られていました。
そしてさらにBMWは、1990年に再びV16エンジンを載せたプロトタイプを開発していたことを2024年に公表しています。
ラジエターを前面に戻すために取った方法は、ホイールベースの延長でした。ベースのE32型に比べてマスクの雰囲気も異なり、キャビン後部が立ち気味だったのも大きな特徴。
V16エンジン自体も最高出力を348psに抑え、トランスミッションも5速オートマチックに変更されていました。
しかし2度にわたる開発を経ても、BMWが夢見たV16エンジン搭載車の市販化は叶いませんでした。いささか「V16エンジンは過剰だった」と推測されますが、パワーアップなら違う方法で実現したことも大きな理由になったのではないでしょうか。
というのも、1992年にスペシャリティカーの「8シリーズ」(E31型・初代)に追加された最高峰モデル「850CSi」では、5.6リッターV12エンジンで381psを達成。
のちには6リッターV12が445ps、6.6リッターで570ps、そして6.6リッターツインターボ版では最終的に600psオーバーに至っています。
なおV16エンジンは英国ベントレーが1980年〜1993年に生産していた「ミュルザンヌ」にも流用される予定だったそうです。
現在ではフォルクスワーゲン傘下にあり、かつてはロールス・ロイスと同門だったベントレーは、1992年にBMWと提携を行いました。
伝統のある6.75リッターV8エンジンを積んでいたミュルザンヌは、1982年にターボモデルを追加。
このミュルザンヌターボは1985年以降「ターボR」とされ、1993年まで販売されました。V16エンジンは、これらターボエンジン搭載ベントレーのアップグレードモデルという位置付けだったようですが、市販には至りませんでした。
ちなみにライバルのメルセデス・ベンツも12気筒以上のエンジンとして、なんと8リッターW型18気筒(W18)エンジンをフラッグシップセダン「Sクラス」(W140型・3代目)に搭載した「800SEL」を発売する予定があったというのですから驚きです。
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こうした果てしない「マルチシリンダー・ウォーズ(多気筒戦争)」が、ライバルメーカー同士でひっそりと起こっていたのは興味深い歴史の事実と言えます。
もしV16エンジンをBMWが市販していたらどうなっていたのか…という「歴史のif」を考えてみるのも楽しいかもしれません。
Writer: 遠藤イヅル
1971年生まれ。自動車・鉄道系イラストレーター・ライター。雑誌、WEB媒体でイラストや記事の連載を多く持ち、コピックマーカーで描くアナログイラスト、実用車や商用車・中古車、知られざるクルマの記事を得意とする。



































































