トヨタがモロコシを育てる!? なぜ? 「バイオ燃料」の取り組みを公開! 福島から世界へ「カーボンニュートラル燃料」の未来とは
トヨタが福島県大熊町でバイオ燃料に関する取材会を開き、植物の非可食部から作る「第2世代バイオエタノール」の一貫した取り組みを公開しました。食料と競合せず、荒廃した土地でも育つ植物を原料にすることで、地球温暖化対策と被災地の復興を両立させる狙いです。独自の高効率酵母菌を開発し、製造技術から原料栽培、社会実装までを一貫して進める「マルチパスウェイ」戦略は、カーボンニュートラル実現に向けた新たな道筋を示すものとして注目されます。
トヨタ、福島から世界へ「バイオ燃料」の挑戦とは
2025年8月28日、トヨタは福島県大熊町で「バイオ燃料に関する取材会」を開催しました。
地球温暖化対策として電気自動車(BEV)への注目が集まる一方、トヨタはカーボンニュートラル実現に向けた選択肢は一つではないという「マルチパスウェイ」の考え方を掲げています。
その重要な柱の一つが、植物由来のカーボンニュートラル燃料(CN燃料)であるバイオ燃料です。
今回の取材会では、食料と競合しない「第二世代バイオエタノール」の生産に向けた、原料栽培から製造技術、そして社会実装に至るまでの一貫した取り組みが公開されました。
特に、世界トップレベルの発酵効率を誇る独自のトヨタ酵母菌の開発は、この分野における大きな前進と言えます。福島という地で進められる、未来のエネルギー創出に向けた挑戦とはどのような現状なのでしょうか。

はじめに、トヨタのCNエネルギー開発を率いる海田センター長が、カーボンニュートラルに向けた全体的な考え方と、バイオ燃料への取り組みの意義について説明しました。
世界の平均気温とCO2濃度が連動して上昇を続ける中、温暖化対策は急務です。
その解決策として一時、世界の潮流はBEV一辺倒とも言える状況でしたが、海田センター長は「中国以外のところは、ほぼほぼ停滞」していると現状を分析。
その背景には、価格、充電時間、航続距離といった課題があり、全てのお客様のニーズをBEVだけで満たすことは難しいという現実があります。
実際に、体積あたりのエネルギー密度を比較すると、液体燃料は最新の電池に比べて約20倍という圧倒的な差があり、エネルギーの貯蔵や輸送において大きな利点を持っています。
また、太陽光や風力といった再生可能エネルギーは、天候や季節による出力変動が避けられません。
海田センター長はエネルギー供給の安定化という課題を挙げ、この課題に対し、液体燃料は大きな役割を果たすことができます。
例えば、普段は電気で走行し、電力需給が逼迫した際にはエンジンで走行できるプラグインハイブリッド車(PHEV)にCN燃料を活用すれば、社会全体のエネルギーマネジメントに貢献することも可能に。
このように、電気と液体燃料を適材適所で活用する「マルチパスウェイ」こそが、現実的かつ効果的なカーボンニュートラルへの道筋であるとトヨタは考えています。
トヨタがバイオ燃料の研究開発拠点を福島に置いたのには、深い理由があります。
震災後、営農が困難になった農地が広がっていた福島で、荒れた土地でも力強く育つ植物を活用し、非可食部からエネルギーを生み出す。この構想は、エネルギー問題の解決と被災地の復興支援を両立させるものでした。
この提案に対し、豊田会長から「是非、トヨタのペースメーカーとしてやるべきだ」という力強い後押しを受け、プロジェクトは本格的に始動しました。
バイオエタノールには、大きく分けて二つの世代があります。
トウモロコシやサトウキビなど、人の食料となる部分を原料とするのが「第一世代」です。
これは生産が比較的容易である一方、食料との競合や価格高騰のリスクが指摘されています。
対して、トヨタが注力するのが「第二世代」。これは、木材や稲わら、あるいはサトウキビの搾りかすといった、食用ではない「非可食部」を原料とします。
農林業の廃棄物や、食用作物の栽培に適さない土地で育てた植物を有効活用できるため、より環境負荷が小さいと考えられています。
しかし、第二世代バイオエタノールの生産には技術的なハードルがありました。
非可食部の主成分であるセルロースやヘミセルロースは、そのままでは酵母菌がアルコール発酵に利用できません。
そのため、これらを分解して糖に変える「前処理・糖化」という工程が必要になります。
ところが、この過程で生成される糖の一種「キシロース」は一般的な酵母では利用できず、さらに発酵を阻害する物質まで発生するため、高い生産効率を達成するのは困難とされてきました。
この課題を打ち破る鍵となったのが、豊田中央研究所がトヨタと共同で開発した独自の酵母菌「TOYOTA XyloAce(トヨタ ザイロエース)」です。
トヨタのCNエネルギー開発の久野部長は、この酵母菌の革新性について「TOYOTA XyloAceは、難分解性の糖であるキシロースを効率よくエタノールに変換できるだけでなく、前処理工程で発生する発酵阻害物に対する高い耐性も併せ持っています」と説明します。
さらに、豊田中央研究所は、この酵母菌の能力を最大限に引き出す発酵プロセスの開発にも取り組みました。
ソルガムなどの特定の植物バイオマスに合わせて前処理・糖化の条件を最適化。加えて、TOYOTA XyloAceの中でも特に高い性能を示す菌株をスクリーニングし、独自の育種技術でさらに能力を高めることに成功しました。
その結果、植物の非可食部に含まれるセルロースやヘミセルロースからエタノールへの理論的な変換効率において、世界トップレベルとなる95%以上を達成したのです。この成果は、第二世代バイオエタノールの普及に向けた大きな一歩と言えます。
高品質なバイオ燃料を安定的に生産するには、優れた製造技術だけでなく、良質で豊富な原料が不可欠です。
トヨタは「高バイオマス収量」「低コスト」「食料競合しない」をテーマに、エネルギー作物の品種改良にも積極的に取り組んでいます。

その中心となっているのが、乾燥や痩せた土地でも育つ「モロコシ」「タカキビ」とも言われるソルガムです。取材会で公開された福島県大熊町の圃場では、様々な特性を持つソルガムが栽培されていました。
久野部長は、圃場で試験栽培されている品種について、市販のソルガムに加えて、成長が止まる原因となる穂が出ないようにする『開花抑制』、1つの株から何本も茎が伸びる『高分げつ化』、そして単純に背丈が大きくなる『体積最大化』といった改良の方向性を紹介しました。
これらの品種を交配させながら、その土地に最も適した収量の多い品種を開発していく計画です。
さらに、神戸大学や名古屋大学、農研機構などと連携し、ゲノム編集技術を用いて光合成の速度を向上させたり、微生物の力で土壌を改良して肥料を減らしたりといった、より基礎的な研究開発も進められています。
また、農業の生産性向上にもトヨタならではのアプローチで挑んでいます。それが、トヨタ生産方式(TPS)を応用した「農業支援統合システム」の開発です。
日本の農業は、圃場が細かく分散していることが多く、作業効率の向上が課題となっています。
このシステムでは、各圃場の作業計画や進捗状況をクラウドで一元管理し、作業者はスマートフォンアプリでリアルタイムに情報を共有できます。
例えば、ある区画で肥料散布が終わったという報告が上がると、すぐに次の種まきの担当者が向かうといった、無駄のない連携作業が可能になります。
久野部長は「これによって20%の効率改善が見込まれます」と、その効果に自信を見せます。

こうして育てられた原料から実際にバイオエタノールを製造する拠点となるのが、2022年7月1日に設立された「次世代グリーンCO2燃料技術研究組合(raBit)」です。
この組合には、トヨタをはじめ、ENEOS、スズキ、スバル、ダイハツ、マツダ、豊田通商といった自動車・エネルギー関連企業が参画し、福島県や大熊町、浪江町とも連携しています。
その目的は、バイオエタノール製造技術を確立し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献すること、そして福島県内での活動を通じて復興に貢献することです。
2024年11月には、福島県大熊町に「バイオエタノール生産研究事業所」が竣工しました。
この施設では、多様な原料に対応しながら、生産の効率化とコスト削減、そして徹底的なCO2低減を目指した研究開発が進められています。
製造プロセスは、原料を希硫酸と蒸気で蒸して組織を破砕する「前処理」、酵素を投入して繊維質を糖に変換する「糖化」、そしてTOYOTA XyloAceを投入して糖をエタノールに変換する「発酵」、最後に水からエタノールを分離する「蒸留・無水化」という流れで構成されています。
このraBitで製造された第二世代バイオエタノールは、すでに社会での活用が始まっています。
ENEOSによって低炭素ガソリンとして調合され、モータースポーツの最高峰の一つである「全日本スーパーフォーミュラ選手権」の車両に供給されています。過酷なレース環境で技術を磨き、その知見を将来の市販車へとフィードバックしていく狙いです。
トヨタが福島で進めるバイオ燃料への挑戦は、単に新しい燃料を開発するだけではありません。
それは、食料と競合しない原料を効率よく育てる「農業」の革新から始まり、世界最高レベルの変換効率を誇る「製造技術」を確立し、そしてモータースポーツなどを通じて実際に「社会でつかう」ところまでを見据えた、一気通貫の壮大な取り組みです。
Writer: くるまのニュース編集部
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