岩手で「小さな高級車」誕生! スニーカーから生まれた「LBX」 レクサスが“高級車のヒエラルキー”変えた?
レクサス新型「LBX」の開発コンセプトは「高級車のヒエラルキーを変える」ですが、どのような経緯で誕生し、どのように生産されているのでしょうか。
「高級車のヒエラルキーを変える」 LBXとは
2023年11月に発売されたレクサスの新型コンパクトSUV「LBX」。
開発コンセプトは「高級車のヒエラルキーを変える」ですが、どのような経緯で誕生し、どのように生産されているのでしょうか。
この開発コンセプトは、「高級車=権威の象徴からの脱却」を意味しており、LBXはその実現のために数多く挑戦が行なわれたモデルです。
今回、LBXの生産拠点となるトヨタ自動車東日本・岩手工場で、地域や関係各所に感謝を伝える「新型LBX 東北と走る」と題した式典が行なわれました。
ここではイタリア・ミラノでの世界初公開からこのクルマをずっと追いかけてきた筆者ならではの、「LBX誕生の裏側」をお届けしたいと思います。
そもそも、このクルマが生まれたキッカケはモリゾウこと豊田章男氏のこのような想いでした。
「本物を知る人が素の自分に戻れ、気負いなく乗れる1台。つまり、革靴ではなくスニーカーで乗れる高級車がつくりたい」
そのスニーカーとは、1998年にフランス・パリで設立されたブランド「マルジェラ」の「レプリカ」です。
このスニーカーを履くようになったのは豊田氏のスタイリストのある一言でした。
「社長がファッションに気を使わないから、トヨタ自動車って格好悪いんです。もう少し気を使ったほうがいいですよ」
そこで提案されたのが、マルジェラのスニーカーでした。豊田氏いわく「スニーカーの値段ではない」と言う高価なプライスに驚くも「一足だけなら」と購入。
ただ、実際に履いていろいろな“道”を歩いてみたそうです。その評価は「履きやすい」、「落ち着く」、「見た目はカジュアルだけどスーツスタイルにも似合う」、「どこか相棒のような」と、これまでのスニーカーとは違う事を実感。
それ以来、豊田氏はこのスニーカーを愛用しています。
ちなみにマルジェラを少しだけ調べてみると、豊田氏との共通点があることに気が付きました。
1つは「ブランド名を使わず、アイテム本来の価値にフォーカスを当てる」です。これをトヨタに置き換えると、「肩書ではなく役割で仕事をする」でしょう。
もう一つは「既成概念に囚われないデザインの独自性」です。これをトヨタに置き換えるとプリウスやクラウンなどを筆頭にした「これまでの常識をぶっ壊せ」です。これは筆者の完全な推測ですが、スタイリストはこの事を知って、豊田氏に勧めたのかもしれません。
ただ、LBXの開発は極めて困難だったと言います。チーフエンジニアの遠藤邦彦氏はこの時の事を振り返ります。
「当初は既存のコンポーネント(=ヤリスクロス)の中でやり切ろうとしました。
あのパッケージを使うとデザインもキュートで可愛らしいスタイルにせざるを得なかったのですが、その辺りは会長に一瞬で見破られてしまい、『これしかできないなら、いらない』と悲しそうに言われました」
トヨタのエンジニアは「与えられた素材で全力を尽くす」は得意ですが、豊田氏は「高級車のヒエラルキーを変えるには、挑戦をしなければダメ」という事を伝えたかったが故の発言だったのでしょう。
「デザイン統括のサイモン・ハンフリーズと話をすると『プロポーションのいいクルマを作るためには、ちゃんとしたパッケージじゃないとダメだね』と言われました。
その後、佐藤プレジデント(現社長)に相談をすると、『いばらの道かもしれないけど、行こう』と背中を押してくれたので、『思い切ってやりたい事をやる!!』と決心しました」
日本の鏡餅をモチーフにした凝縮感あるがドシッとしたスタンスを実現したエクステリア、シンプルだけど質の高いインテリアに加えてメカニズムにも強いこだわりが盛り込まれています。
口の悪い人はシステムの形式だけ見て「ヤリスクロスの流用」と揶揄しますが、実際はその逆。
パワートレイン、プラットフォーム、車体、サスペンション周りなどは、遠藤氏の言葉を借りると「もはやヤリスクロスの欠片もありません」と言うくらい専用設計となっているのです。
ただ、いいクルマを開発しても、それを精度高く、安定した品質で、アフォーダブルに生産するには、生産サイドの協力は必要不可欠です。実はここにもLBXならではの挑戦が行なわれています。
現在、レクサスの各モデルは様々な工場で生産されますが、LBXの生産はトヨタ自動車東日本・岩手工場が担当しています。
この工場は1993年に関東自動車・岩手工場として設立。コロナエクシヴの生産を皮切りに小さなクルマから大きなクルマまで生産を行なってきましたが、大きな転機は2012年で、関東自動車、セントラル自動車、トヨタ自動車東北の3社が結集して「トヨタ自動車東日本」を設立しました。
これにより岩手工場はコンパクトカーに特化した生産拠点へと変貌を遂げます。
その中でも2011年11月から生産を始めたアクアは「東北復興の光」と呼ばれ、累計生産台数は岩手工場で歴代最多となる約188万台を記録してしました。
そんな岩手工場は現在ヤリス、ヤリスクロス、アクアの生産を行なっていますが、ここにLBXが加わったと言うわけです。ちなみにLBXはかつてレクサスモデルが生産されていた第1ラインで、アクアと混流で生産されています(第2ラインではヤリス/ヤリスクロスが生産)。
これまでレクサスモデルは一部(元町工場のRZ、田原工場のGX、トヨタ車体吉原工場のLX)を除き、レクサス専用ラインで生産が行なわれていました。代表的なのはレクサス専用工場と呼ばれるトヨタ自動車九州・宮田工場です。
その理由は「レクサス品質を実現させるため」なのは言うまでもないでしょう。ただ、LBXは今回トヨタ車と混流で生産と言う道を選んでいます。
よりアフォーダブルに提供するためには、専用ラインよりも混流ラインのほうがいいですが、筆者の疑問は当然ながら「トヨタとレクサスを同一ラインで作り分けが可能なのか?」でした。
そんな疑問を遠藤氏にしてみると、自信を持って答えてくれました。
「岩手工場は関東自動車時代にレクサスIS/ESの生産を行なっていた経験がありますので、組み立て工程でレクサスが求める品質/精度に関しては全く問題ありません。
もちろんアクアと比べると時間や手間のかかる工程もありますが、そこはサブラインを上手に活用しながら生産効率を落とさずに高品質・高精度な生産を可能にしています」
ただ、検査に関してはより厳しいチェックが必要となるため、LBX専用の工程が用意されています。
具体的には同的な異音を確認する「ラフロードテスタ(ベルジアン路を再現した振動を与える)」、塗装面の仕上げを確認する「照明ブース」、電子パーツ(パワーウィンドウなど)の異音を確認する「静音ブース」などが新設されています。
更に遠藤氏は「他ではあまり言っていませんがセンチュリーの品質を管理していた部長さんがLBXを担当していますので、より厳しい目で見ていただいています。これらを含め、まさに“万全な体制”で生産が行なわれていると言うわけです」と教えてくれました。
そんな岩手工場は、LBXの生産担当した事で、他のトヨタ車の生産体制/品質向上にも良い影響が出ていると聞きます。
要するに、「もっといいクルマづくり」が、いいサイクルで回り始めていると言うわけです。
そんなLBXは2023年12月から生産が開始され、世界60か国で発売がスタート。ちなみに日本では2024年3月の時点で約5200台を発売と、比較的高額なモデルですが出足は好調だと聞きます。
更に夏頃には、開発ドライバーの佐々木雅弘選手曰く「スニーカーではなく運動靴」と称する高性能バージョン(東京オートサロンでお披露目された「LBX MORIZO RRコンセプト」の市販版)も発売予定と言われています。
LBXの車名の意味は「レクサス・ブレイクスルー・クロスオーバー」ですが、ブレイクスルーするための挑戦は、開発だけでなく生産にも色濃く活きているのです。
Writer: 山本シンヤ
自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車メディアの世界に転職。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の想いを伝えるために「自動車研究家」を名乗って活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
欧州車の「気品」には、まだ届いていないかも
バブル時代じゃないんだから、「高級」とか安っぽい形容されてもねえ。