カイゼンされた「水素カローラ」で2回目の耐久レース参戦! トヨタが見せた底力とは
水素カローラがさらに進化!? 2か月でどう変わった?
2回目の耐久レース参戦となる水素カローラですが、マシンとしてはどのように進化したのでしょうか。
富士24時間耐久を戦った佐々木雅弘選手・井口卓人選手・松井孝充選手の3人に、「24時間を走った後、どのようなフィードバックをしたのか?」と聞いてみまたところ、揃って「前を追っていくにはパワーが足りない」「シャシもレーシングカーというよりも市販車+αの状態」、「乗り辛さがなかったかというとウソになる」など、厳しいコメントが出てきました。
GRカンパニー・佐藤恒治プレジデントは、「正直にお話しすると、前回は『24時間に間に合わせること』に必死だったこと、そして『走り切る』というミッションに対して慎重になり過ぎた部分あったのも事実です。
しかし、24時間走ったことでわかったことやカイゼン項目が明確になったので、この2か月を使って進化させました」と語っています。
パワートレインは約15%のトルクアップと発表されていますが、実際にどのようなことがおこなわれたのか、GRカンパニー・佐藤恒治プレジデント、GRパワートレイン推進部の山崎大地部長に加えて、現場のエンジニア数人に聞いたリアルな話をQ&Aにしてまとめてみました。
――「異常燃焼を抑えつつ、性能を向上」と発表されましたが、具体的にどのようにしたのでしょうか?
エンジニア:基本的には“ハード”ではなく“制御”の見直しです。前回は24時間を走り切りたいという想いがあったので、マージン、とくに異常燃焼に対するリスクヘッジを踏まえた仕様でした。
レース後に改めて水素の燃焼を見てみると、要所が少し見えてきた所があるのでそれを制御に活かしています。
――前回の24時間に対して、今回は5時間と短いレースです。性能アップはマージンを削って実現しているのでしょうか?
エンジニア:寿命を削ったのではなく、24時間を走り切る耐久性を担保したうえでの性能アップです。
基本に立ち返って、空気がどのように入って、水素と混じって燃えているのかを見て、カイゼンしたうえでの性能アップです。あくまでもレースに勝つことではなく、実用化がゴールですので。
――つまり、出力アップは燃焼の解析がより進んだことによるものですか?
エンジニア:そうです。サーキットだと過渡領域の応答が重要ですので、全開時の出力よりもパーシャル領域でトルクがスッと出るような特性になっています。
簡単にいうと、「良い燃焼環境を早めに作る」です。そのためには「空気を入れやすくする」が重要となりますが、それを制御でカイゼンしています。
24時間のときは読み切れていない部分とやり切れていない部分があったので、それらも反映しています。
――空気を入れやすくという意味では、ターボの過給圧を上げているのでしょうか?
エンジニア:じつは過給はあまり変えていません。出力が上がっているのは「上手に燃えている」証拠です。リーン燃焼の面白さは「吹けばパワー」、「押さえれば燃費」が両立できることです。
そのためには噴射制御をより綿密にする必要がありますが、その燃焼コントロールが難しいです。つまり、奥行きがあるけどいうことを聞かないという、異常燃焼や熱マネージメントの難しさを痛感します
――ちなみに24時間では水素エンジンの課題である異常燃焼に関しては「想定通りだった」と聞きましたが、その辺りは性能が上がっても大丈夫なものでしょうか?
エンジニア:いたちごっこです。現状で問題がなくても、パワーやトルクを上げると問題が出るということの繰り返しです。じつはフリー走行時のトラブルもそれが原因でした。
――エンジン交換はそれが理由ですか?
エンジニア:水素の噴射系で色々と試していたのですが、やり過ぎたりやり過ぎなかったりと。エンジンが心配なので用心のために交換をしました。
ベンチテストでは順調かなと思っていたのですが、やはり現場では想定しないことが起きます。ただ、それにより水素の燃焼がわかりつつあるのも事実です。
――ドライバーからのフィードバックはどうですか?
エンジニア:非常に大きいです。ベンチテストと人間の感覚の違いを痛感します。「これでいいだろう」と思ったことがダメなことも多いので、毎回勉強になっています。
ただ、水素の燃焼の速さから来る応答性の良さに関しては、高く評価してもらっています。
――出力を上げると燃費の影響も出てくると思いますが、その辺りのバランスはどうでしょう?
エンジニア:サーキットではなかなかポテンシャルが見えにくいですが、今回の進化で過渡領域のリーン燃焼が良くなっているので、モード走行をするとわかりやすいかなと思います。
――水素は拡散性の高さ、燃焼速度の速さが特徴ですが、それをシッカリ制御することさえできれば、リーン燃焼はガソリンエンジンよりもやりやすいと聞いています。
エンジニア:異常燃焼が起きる熱源に当たらないように水素を噴射するコントロールができれば、拡散性を上げて着火性の良さを活かして高速燃焼させることができるので、さらにリーンすることも可能です。
――リーン燃焼はNOx(窒素酸化物)の問題も出てきますが、その辺りはどのようにクリアさせるのでしょうか?
エンジニア:じつはλ(空燃比)が2.5を超えると、今まであれだけ悩んでいたNOxに悩まされなくなるんです。ガソリン/ディーゼルは長年の開発で見えている物が多いですが、水素エンジンは未知の領域ばかり、それを見つけるのが面白いです。
――今回、水素の充填時間もカイゼンされていると聞いています。24時間は約5分だったのに対して今回は約3分と約40%のカイゼンとなっています。この辺りに関してはどうですか?
エンジニア:気体を高圧で充填するとき、スピードは圧力と温度の関係で決まります。いまのルールだと80℃までと決まっているので、それに適応してやっています。
FIAと一緒にルールづくりをしていますが、「レース時は全開加速が多く燃料温度は低いので、いまより流速を上げても上限は超えない」というデータが前回取れており、今回は見直しをおこなっています。
さらに24時間のときは水素充填時にリアドアを開閉する動作が必要でしたが、今回は窓に小窓を装着するなど、実際の充填速度以外の工程もTPS(トヨタ生産方式)を用いてトータルで短縮しています。
――とはいえ、課題もまだまだあると思います。そのひとつが航続距離だと思います。
エンジニア:現在は安全性・信頼性の観点からMIRAI用を使っていますが、そこに関してブレイクスルーも必要だと認識しています。もう少し効率的に水素を搭載するには、液化にも挑戦していく必要はあるでしょう。
――「仲間作り」という意味では、他社に水素エンジンのお誘いはしないんですか。
エンジニア:もちろん、ノウハウをプロテクトするつもりはなくオープンにするつもりですが、正直、まだ我々も手の内化できているわけではないので、無責任なことはできません。もう少し自信が持てるようになるまでは自分たちでやっていこうと思っています。
――水素エンジンの進化と合わせて、シャシ側の進化はどうでしょうか?
エンジニア:正直、24時間のときは間に合わせることで精いっぱいだったため、ドライバーには苦労をかけてしまったのも事実です。
今回のカイゼンとしては「軽量化」です。データを取るための検査機器を軽量な物へ置き換えたり見直しすることにより車体を5kgから6kgの軽量化をおこないました。
とくにフロントを軽くするためにサスペンションメンバーの見直しで約5kg、ほかは細かい部分の積み重ねですが、合計で40kg軽くなっています。
また、サスペンションアームの改良やロールセンターの見直し、さらにはドライビング改良の改良(ドライビングポジションやミラーの見やすさ)など細かい部分にも手を入れることで、ドライバーが乗りやすいクルマにセットアップできるようになったと思っています。
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