令和に復活したスーパーカー消しゴムは超絶リアルだった!
1970年代に一世を風靡した「スーパーカーブーム」。このブームを少年時代に過ごした人ならば、「スーパーカー消しゴム」を一度は手にしたことがあるだろう。この懐かしいアイテムが、超リアルにランボルギーニ公認アイテムとして、令和の時代に復活を遂げた。
第1次スーパーカーブーム世代にはおなじみの「スーパーカー消しゴム」とは?
スーパーカーブームの全盛期は、1976年から1977年までの2年間であった。
このわずか2年間に子どもたちのまわりに存在する、ありとあらゆるモノがスーパーカー関連グッズに変身していくというムーブメントが起きた。
スーパーカーブームは、バブル景気の1980年代などにも興っており、この当時のブームは「第1次スーパーカーブーム」と呼ばれている。
そのような流れのなかで、駄菓子屋の店頭などに置かれたカプセルトイの手動式自動販売機において一回20円でスーパーカーを題材としたカー消し(スーパーカー消しゴム)が販売された。
1975年から週刊「少年ジャンプ」誌上で連載が開始された池沢さとし氏(現池沢早人師氏)による漫画『サーキットの狼』が爆発的人気を博していた影響もあり、スーパーカーに魅せられた小学生の間でカー消しは一大ブームとなったのだ。
これらのカー消しは、表向きは消しゴムであるが、実際に消しゴムとしての機能は果たすことができなかった。しかし、消しゴムという名目で、小学生が学校に持っていくことができたのである。
このカー消しには、ノック式ボールペンを使って、いろいろな遊び方があった。
簡単なところでいくと、教室の机を相撲の土俵に見立て、順番にボールペンでカー消しを弾き机から落とすという「カー消し相撲」や、机にコースを引いて、レースに見立てた「カー消しレース」などがそうだ。
あと、机の端からカー消しを一度だけ弾いて、いかに机から落とさずにもう一方の机の端まで距離が近いかを競い合う「カー消しチキンレース」など、小学校によっても遊び方はさまざまだった。
あれから40年以上が経ち、カー消しはその時代を象徴する懐かしいアイテムとして語られることはあっても、新品の現物が流通することもほぼなくなったため、実際に遊ぶことは叶わなかった。
やばい、これ全種類欲しい。