では、S2モデルから最新のミュルザンヌまで、ベントレーの宝刀であるV8エンジンは、どのようにして進化していったのでしょうか。

　まず、初代V8エンジンの開発が始まったのは、ベントレー本社が現在のクルーに移転して間もない、1950年代初頭のことです。

　シニアエンジンデザイナーのジャック・フィリップス氏は、ベントレー「Mark VI」、「R-Type」、「S1」に搭載されていた直列6気筒エンジンに代わる新エンジンを秘密裏に開発するという命を受けました。

　フィリップス氏は、直列6気筒が収まっていたボンネット下のスペースにぴったりはまるサイズで、重量を増やさず、出力を50％以上アップするエンジンを目指しました。
　
　彼とチームスタッフは、設計開始からわずか18か月でエンジン性能試験にこぎつけました。組み上がったばかりのエンジンに行われた試験は過酷なものでした。
　
　テストベンチで500時間以上のフルスロットル試験、路上で数十万マイルの走行試験がそれぞれ実施され、新エンジンの真価が問われました。
　
　試験が完了すると今度は熟練検査官らが新エンジンを分解し、最高レベルの厳格な基準を満たしているかどうかの点検がなされました。

　このようにして誕生した6.2リッターV8エンジンは、6気筒より30ポンド（約13.6kg）軽量でした。

　1959年には、そのV8エンジンを搭載したベントレーS2が発売されます。
　
　このS2には、エアコンやパワーステアリング、電動式ライドコントロール、プッシュボタン式ウインドウなど、当時世界最先端の豪華な装備が搭載されていました。
　
　1965年発売の「Tシリーズ」には初代V8エンジンを流用できなかったため、Tシリーズ向けにV8エンジンの設計が見直されました。
　
　エンジン開発チームはパフォーマンスの向上に力を入れましたが、Tシリーズのボンネットはそれまでのモデルより低く、その下のスペースに収まるようにエンジン全体のコンパクト化も図りました。

　1971年にはストロークが3.6インチから3.9インチに延長され、排気量が6 3／4リッターに拡大。現代にまで継承されるこの排気量によって、トルクが飛躍的にアップしました。

　1980年、「ミュルザンヌ」の登場に伴い、V8エンジンに大幅な改良が必要となりました。厳しさを増した排出ガス基準をクリアし、前面衝突時の乗員安全性を向上させることが最重要課題でした。
　
　乗員の安全確保の一環として、衝撃吸収タイプのウォータポンプを搭載した結果、エンジン長が10.1cm短縮されました。

　V8エンジンが最も様変わりしたのは「ミュルザンヌ・ターボ」の登場がきっかけでした。
　
　6 3／4リッターエンジンに大型のシングルターボチャージャーが搭載されたのです。
　
　1920年代、ティム・バーキン氏が走らせた「ブロワー」以来の過給エンジン復活となりました。
　
　シングルターボの採用によって出力とトルクが格段に向上しましたが、そのシングルターボも後にツインターボに取って代わられることとなります。
　
　以降、V8エンジンにはフューエルインジェクション、可変バルブタイミング、気筒休止などが次々と導入されました。
　
　出力は徐々に向上して500馬力を上回り、トルクは1000Nmを超えました。当時の「Lシリーズ」に搭載されたV8エンジンは、自動車エンジンのなかで世界最強のトルクを誇っていました。

　1998年からはクルー工場の近代化に伴って生産台数が増加し、V8エンジンもさらなる進化を遂げました。その成果が顕著に現れたのが2008年式「ブルックランズ」のV8エンジンです。
　
　ブルックランズに搭載されたV8エンジンは、50年近く続いてきたV8エンジンとは一線を画し、出力・トルクともに200％近くアップしていましたが、そのルーツが1959年式初代V8エンジンにあったのです。