スズキがレース活動に再注目? S耐に挑むプライベーターがメーカーを「本気」にさせた理由と、次期スイフトスポーツへの期待
モータースポーツから遠ざかっていたスズキ。だが、スーパー耐久に「スイフトスポーツ」で挑む国松自動車研究所の熱意がメーカーを動かした。部品供給のルールを変え、現場に足を運ぶスズキの変化。モリゾウ氏も注目するこの挑戦は、生産終了が迫るスイスポの「次期型」登場への布石となるのか。
スズキの4輪モータースポーツは復活しないの? S耐マシンきっかけで何かが変わる?
毎年1月に開催されるカスタムカーの祭典「東京オートサロン」。
クルマ好きの動向をウォッチするのに最適なイベントと言う事で、昨今は日本の自動車メーカーのみならず海外メーカーも積極的に出展を行なっています。
その自動車メーカーの1つであるスズキは、様々な提案モデルと共にスーパー耐久シリーズのST-4クラスに参戦するスイフト・スポーツ(以下:スイスポ)を参考展示しました。
スイスポは「速い・軽い・楽しい」をアフォーダブルに具体化したスポーツハッチで、その素性の良さからカスタマイズの世界では定番車種となっています。
モータースポーツの世界だと、ラリーはJN4クラスの定番車種として何度もタイトルを重ねていますが、S耐には正式な参戦記録はありません。
スズキは2008年のWRC撤退を機に4輪のモータースポーツ活動は事実上撤退。
更にスズキのスポーツイメージを支えてきたアルトワークスは2021年、スイスポは2025年で生産終了。
ベースモデルは世代交代していますが、その後継車は存在せず。スズキは事あるごとに「我々は庶民の下駄」と語りますが、筆者(山本シンヤ)は元気/楽しい/安い「庶民のスニーカー」も必要だと思っています。
ただ、そのようなモデルをやめてしまったスズキに正直ガッカリしていたのも事実です。

そんな中でのスイスポによるレース参戦は驚きでした。ただ、マシンを製作しレースに挑戦しているのはスズキ自身ではなく、大阪府茨木市に店舗を構えるKunimatsu Auto Labo(国松自動車研究所)です。
実はこのマシン、2025年の東京オートサロンにも展示されていましたが、この時はスズキのブースではなくプライベーターのKunimatsu Auto Labo自身での出展でした。
代表の國松宏二氏は「スズキは現在4輪のモータースポーツ活動をやっていません。私はWRC/JWRCの頃を知っているので、もどかしさがありました。私はお店を立ち上げ様々なモータースポーツに関わっていますが、すでに完成されたものを真似するのではなく、誰もやっていないこと(0から1)を作り出すのが好きです。『それなら、我々でやろう?』と言うのが参戦の発端でした」。まさに自動車研究所らしい考えと言えるでしょう。
そんなAuto Labo、名前から想像するとそれなりに大きな組織に感じる人も多いですが、実はS耐に参戦するチームの中でも少ないスタッフでレース運営が行なわれています。
国松氏は「2025年シーズンはスイスポと“素”ヤリスの2台エントリーなので、普段よりスタッフは多いです」と語るも7~8人で全てのレースオペレーションを行なっています。
それも国松氏以外のメンバーは普段は他のチームのメカニックや別の仕事を持っているサラリーマン、更に大学生や普通のレース好きの女の子などバラバラです。
ここだけ見ると単なる寄せ集めの即席チームのように見えますが、メンバーは国松氏の「0から1を作る」と言う考えに“共感”して集まっているため、結束力はもの凄く強いと言います。
筆者はチームの密着をした事もありますが、皆が「今、何をすべきか」を考え、指示を受けることなく自発的に行動しているので、動きに無理/無駄がありません。
更に驚いたのはレース前にケータリングを担当していたスタッフがレース中は燃料給油のサポートを行なっていたり、走行していないドライバーがタイヤ交換を担当したり、チーム監督の国松氏もピットレーンのボックスでの指示だけでなくピットイン時はジャッキ作業を行なうなど、メンバー全員がマルチタスクをこなしています。
もちろんスキルは各々で異なるのでできる/できないはありますが、国松氏はそれでも挑戦させるキッカケを作っています。その結果、皆が“クルマ屋目線”で動いて行動しているのです。
国松氏は「うちのチームは大人の部活なんですよ(笑)。レースウィークは皆でご飯を作り、お酒飲んで、クルマの話をして……。レースもただ走る、ただ戦うのではなく、その生活全部を含めて楽しむものだと思っています」とサラリと語っています。
この光景を見て、筆者はあるチームの事を思い出しました。それはモリゾウこと豊田章男氏が率いるルーキーレーシングです。
チームのモットーは「家庭的でプロフェッショナル」ですが、それを更に少人数で行なっているのが、Auto Laboなんだなと。
ちなみに大阪府茨木市の店舗にも伺った事がありますが、いわゆる“町工場”と言う言葉がピッタリなファクトリーながらも、工場内にサラッと置いてあるパーツや工作機器、更に保管されているクルマを見て、「ここは只者ではないな」と言う雰囲気とオーラを即座に感じました。
そんな事もあり、筆者はAuto LaboによるスイスポのS耐参戦を密かに気にしていましたが、より興味を持ち始めて取材を行なおうと思ったキッカケは2つの出来事でした。1つはSTMO(ス―パー耐久未来機構)の加藤俊行氏からの“逆”取材依頼で、次のように話しています。
「S耐は日本の各メーカーのマシンが走っていますが、唯一欠けていたのがスズキでした。
なので、心の中では『スズキのクルマ、走らんかな』と思っていた中の参戦。もちろん、誰もやっていないのでたくさん苦労されていますが、その挑戦を見ているとクラスは違いますが『1人ST-Qクラス』に見えてきました。
その取り組みが私には『S耐の原点』を感じたので、シンヤさんに是非深堀取材をしてほしいな……と思いました。
国松自動車研究所と自動車研究家の山本シンヤさん、どこか共通項もありそうな気がして」

































