トヨタ GR GTは「恐らく僕の人生で一番速いクルマ」「価格よりもどうやって体験させるかが大事」 豊田章男氏が語るスポーツカー開発への情熱と存在意義
トヨタは2025年12月5日に、ウーブンシティ(静岡県裾野市)で世界初公開した、トヨタのフラッグシップスポーツ「GR GT」とそのレーシングモデル「GR GT3」、そしてその兄弟車「Lexus LFA Concept(LFAコンセプト)」。これらのモデルに乗りどのような印象を得たのか、トヨタのスポーツカー開発の現場はどのように進化したのか、豊田章男氏に話を聞きました。
トヨタの“式年遷宮”の中で最も大事なのは「人をつくる」こと
トヨタは2025年12月5日、富士山の裾野にあるウーブンシティのインベンターガレージ(元トヨタ自動車東日本のプレス工場)で、トヨタのフラッグシップスポーツ「GR GT」とそのレーシングモデル「GR GT3」、そしてその兄弟車である「Lexus LFA Concept(LFAコンセプト)」を世界初公開しました。
現地で開かれた発表会の後、豊田章男氏からこれらのモデルについてリアルなお話を聞くことができたので、紹介したいと思います。

●「もっと踏みたい」と感じさせるポテンシャル
――:マスタードライバーとして、この3台にはすでに試乗済みなんですよね?
豊田章男氏(以下敬称略):もちろんです。まだまだ本格的に乗ってはいませんけどね…。
――:「GR GT」は「GRヤリス」と同じく「レースに勝つために量産車がどうあるべきか」という、逆転の発想で開発されたモデルです。
豊田:以前だったら、うちのエンジニアと評価ドライバーでテストをしますが、今回は最初からプロドライバーも関わっています。ある程度の速度域まではうちの凄腕技能養成部が評価できますが、このクルマはそれを超えるスピードですので…。
――:ズバリ、ポテンシャルは?
豊田:発表会はゴールではなくスタートなのでこれからですが、「もっと踏みたい」というのが素直な感想です。恐らく僕の人生で一番速いクルマですね。エンジン音が意外と静かなので気がついたら滅茶苦茶スピードが出ている…そんな印象でした。
――:GR GT3は国内外の様々なレースに参戦可能ですよね。もちろんニュルブルクリンク24時間レースはもちろん、ル・マン24時間(WEC)にも…。
豊田:プライベーターでモータースポーツに参加している人は、何だかんだ言って勝ちたいんですよ。なので、最初に出るレースはものすごく重要になると思います。まぁ、色々考えていますよ。今回、様々なスペックも公開しましたが、本当の勝負はこれからこれからですね。
●“基本的なこと”をやっていくことこそが、もっといいクルマづくり
――:それにしても、このようなクルマを出せるトヨタになったことがすごいですね。
豊田:移動が馬車からクルマになっても“競走馬”は健在です。つまり、自動運転の時代がやってきてもその世界(スポーツカー)は絶対残ると思います。だからこそ、クルマへの情熱をもって一番領域は取り残しちゃいけないと考えています。
――:このクルマのプロジェクトスタートはコロナ禍の2020年8月だと聞きました。トヨタはどのように変わったと感じていますか?
豊田:トヨタにとって“秘伝のタレ”…フラッグシップスポーツは式年遷宮です。トヨタ「2000GT」は1960年、「80スープラ」は1980年だったので、「LFA」は本来2000年頃出さなければいけなかったのに2010年でした。つまり30年掛かっています。
LFAを出した後、私が言わないとまた30年掛かってしまう可能性も…。そこでLFAから20年、つまり「2030年に間に合うようにやりなさいよ」と。
――:式年遷宮は“技術の継承”のために行なわれますが、それはスポーツカーづくりと共通性、親和性が高いと思っています。ただ、違うのは同じモノをつくり続けるのではなく進化も必要だという所ですが、その辺りは?
豊田:トヨタの式年遷宮は伊勢神宮のそれとは違い、同じモノの継承ではありません。ただ、今回のモデルのチーフエンジニアを含めたメンバーは「“基本的なこと”をやっていくことこそが、もっといいクルマづくり」だと気付いているでしょう。
その部分に関しては伊勢神宮と同じです。ただ、あとは時代が変わりますし、その中で新たな技術も生まれてきます。それらをシッカリと受け入れて一緒にやっていくことこそが、トヨタの式年遷宮だと思っています。
――:トヨタのマスタードライバーを務めていた成瀬弘さんも「素うどん(基本素性)が上手くなければ、何をトッピングしても美味しくならない」と言っていました。
豊田:過去のトヨタは素うどんではなくカッコつけていた時代がありました。要するに「制御で何でもできる」と
――:確かに少し前のトヨタ車は、基本素性の悪さを制御でカバーしていた気がします。
豊田:ただ、それではこの世界(モータースポーツ)では全く通用しません。本当に破綻するんですって。ただ、基本素性が良くなった上で制御を組み合わせると、クルマはもっと良くなる。これはスポーツカーに限らず、すべてのクルマに言えることです。

●「たくさんの仲間で一緒につくるような環境を」
――:ちなみにトヨタの式年遷宮の中で、最も大事なことはなんでしょうか?
豊田:それは「人をつくる」だと思います。会社でも私がいないとまだできないこと…難しい決断や責任を取るなど多いと思います。マスタードライバーで言えば、グローバルでフルラインメーカーで「秘伝のタレ」と言っているような味つけが全てのクルマに「これだよね」と思わる必要があるし、思わせたいんです。
それをしていくためのマスタードライバー候補はまだいませんので、まだまだ私がやる必要があると思っています。ただ、これも伝承していかなければいけない。ただ、当時の私の役割と今の私の役割は違うので、自分の立ち位置は気をつけています。
――:その“立ち位置”について、もう少し詳しく教えてください。
豊田;私がマスタードライバーを受けたのは突然でした。その時、私には今のような運転技能を持っていませんでしたし、仲間もいませんでした。それでも“見よう見まね”で教えてもらいながらやってきました。今でも「あのバトンタッチはないよね」と思っています。
でも、今はあの時とは違います。仲間もたくさんいますので、今後の式年遷宮のバトンタッチは「たくさんの仲間で一緒につくるような環境をつくってあげたい」と思っています。
誰か1人のスーパーマン…私のようなマスタードライバー後任が今すぐ現れるかというと無理ですので、「何人かの揃い組で、1+1+1+1が4ではなく5とか6になるようなチームワークで進める」といった新たな方法を取っています。
――:マスタードライバーではなく、マスタードライバー“ズ”であるということですね?
豊田:今回のトークショーにプロドライバーと凄腕技能養成部のメンバーに加えて大輔(豊田大輔氏)も参加していますが、彼の役目はプロと凄腕を繋げる翻訳者。このようにチーム力で進めています。そもそもマスタードライバーという概念も、成瀬さんという人と豊田章男という社長がいたから機能したと思っています。
それが、成瀬さんが突然いなくなり、私が社長をやりながらマスタードライバーとなりました。その頃は周りを見ると反対者ばかり。その中で武器もなく「どうやって戦うの?」というスタートでしたが、今はそういう会社ではありません。もちろん、今も色々ありますけどね(笑)
――:プレゼンで自らを「しんがり役」と語っていましたけど、その本質は?
豊田:今まで1人で戦ってきましたが、今はたくさんの仲間がいる。そこに関しては素直に「ありがとう」ですが、当然まだまだな所もあります。これからクルマを作る…私からこれから襷(たすき)をもらう人たちを、過去の亡霊から早く逃がしてあげたい。そのためにはしんがり役の私が受け止めよう…という決意でもあります。
――:値段はまだ未公表ですが…。
豊田:このクルマは価格よりもどうやって体験させるかが大事です。センチュリーと同じく、普通の量産モデルとはちょっと違う存在なので。売ってくれるのは販売店というよりもレーシングチームかな? 今回私が発表した理由は、「売り方も含めてちょっと変えますよ」という隠れたメッセージもあります。
――:ちなみに生産はどちらで?
豊田:それはね、ズバリ「クルマのユートピア」ですよ(笑)
Writer: 山本シンヤ
自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車メディアの世界に転職。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の想いを伝えるために「自動車研究家」を名乗って活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
























































