トヨタが初挑戦! 魔改造な「GRヤリス Mコンセプト」デビュー! 異例の「ミッドシップ4WD」市販化は? いまの課題は?

トヨタの「GRヤリス Mコンセプト」がS耐岡山で実戦デビューしました 。ベース車が抱える課題「神に祈る時間」を克服するため、異例の「ミッドシップ4WD」レイアウトを採用 。モリゾウ選手が「膿を出す」と語る「公開技術開発」の現場。その狙いと挑戦の最前線に迫ります。

異例のミッドシップ4WD「GRヤリス Mコンセプト」がS耐岡山で初陣! 「公開開発」で挑む“神に祈る時間”の克服

 トヨタ(TOYOTA GAZOO Racing)が開発を進めてきた「GRヤリス Mコンセプト」。

 ついに2025年10月のスーパー耐久(S耐)シリーズin岡山で、実戦のベールを脱ぎました。

 ベースとなったGRヤリスの課題「神に祈る時間」を克服すべく採用されたのは、「ミッドシップ4WD」という極めて異例なレイアウト。

 あえて“できたて”の試作車を過酷なレースに投入するトヨタの「公開技術開発」。その最前線で語られた開発の狙いと現状、そして未来に迫ります。

「GRヤリス Mコンセプト」がついに実践デビュー(撮影:雪岡直樹)
「GRヤリス Mコンセプト」がついに実践デビュー(撮影:雪岡直樹)

「神に祈る時間」の正体と、ミッドシップ化の狙い

「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」の象徴であるGRヤリス。

 WRC(世界ラリー選手権)のホモロゲーションモデルとして誕生したこのマシンは、フロントエンジン4WDというパッケージを採用しています。

 しかし、このレイアウトは「止まる・曲がる・走る」という機能がフロントに集中する特性を持っていました。

 その結果、フロントタイヤへの負荷が極端に大きくなり、コーナリング中にステアリングを切ってもドライバーの意図した通りに曲がらない「アンダーステア」という課題を抱えていました。これこそが、開発陣やドライバーの間で「神に祈る時間」と呼ばれていた現象です。

 今回S耐岡山でデビューした32号車「GRヤリス Mコンセプト」は、この課題を根本から解決するために開発されました。

 TOYOTA GAZOO Racingの高橋プレジデントは、その最大のこだわりを「フロントとリアの重量配分」だと明かします。

「ベースのGRヤリスが(前後重量配分)6対4程度なのに対し、Mコンセプトはリアが少し重いバランスで設計しています。フロントタイヤは駆動力と曲げる力を両方担うため非常に苦しい。その負荷を軽減し、前後タイヤを均等に使えるようにするのが狙いです」

 この挑戦は、2021年のS耐の現場でモリゾウ選手(豊田章男会長)から発せられた「ミッドシップにしよう!」という一言から始まりました。

 しかし、なぜ単なるミッドシップ(MR)ではなく、トヨタとしても知見のなかった「ミッドシップ4WD」だったのでしょうか。高橋プレジデントは、かつての「MR2」を例に挙げます。

「MR2はよく曲がる反面、スピンしやすい挙動もありました。今回、4WDにすることで、フロントタイヤが(車体を)引っ張りつつ、車体は曲がりやすいという、より安定的かつ速いコーナリングを目指しました。スピンする力を前に行く力に変えていく狙いです」

できたてホヤホヤの試作車をモータースポーツで鍛える(撮影:雪岡直樹)

あえて“試作車”をレースに投入する「公開開発」の覚悟

 Mコンセプトは、2025年7月に開催されたオートポリス大会でのデビュー予定を1戦見送り、今回の岡山大会で初陣を迎えました。しかし、開発はまだ道半ばです。

 高橋プレジデントは、「フリー走行では、単独走行と混走の違いによる負荷の違いなど、マイナーな課題が次々と見つかっています。まさにこの現場が『公開技術開発』の場となっています」と語ります。

 続けて「今までのトヨタでは、こんな“できたて”のクルマをレースに持ち込んで評価してもらうことなどあり得なかった。これがモータースポーツでクルマを作るという我々の意気込みの表れです」と、現在の開発スタイルが従来と一線を画すものであることを強調しました。

 この開発姿勢について、モリゾウ選手(トヨタの豊田章男会長)も「施策(試作)の段階で、レースに出るというのがまさに公開開発の醍醐味。トヨタとして市販化されてからトラブルが出てはだめなので。この公開開発でどんどん膿を出していければと思います」とコメントしており、レースの現場を“究極のテストコース”として活用する強い意志が伺えます。

モリゾウ選手(トヨタの豊田章男会長)は「課題は多いけども、運転は楽しい」と語る(撮影:雪岡直樹)
モリゾウ選手(トヨタの豊田章男会長)は「課題は多いけども、運転は楽しい」と語る(撮影:雪岡直樹)

 この異例のマシンに搭載されるのは、新開発の2.0Lターボエンジン(G20E)。2024年の東京オートサロンで「赤いスポーツエンジン」として注目されたユニットです。

 スポーツエンジン開発室長の坂井氏によれば、「400馬力以上を目指しつつ、燃焼効率を高め、ミリ単位で寸法を詰めてコンパクトに設計している」とのこと。排気ガス規制への対応も見据えつつ、将来的には「燃焼スピードのコントロールなどでエンジン音にもこだわりたい」と意気込みます。

東京オートサロンで「赤いスポーツエンジン」として注目されたエンジンがデビュー(撮影:山本シンヤ)

最大の課題は「冷却」、市販化への道は始まったばかり

 新たに始まった挑戦ですが、現場では深刻な課題とも直面しています。最大の課題は「冷却」です。

「フロントエンジンと違い、ドライバーの後方にエンジンがあるため、冷たい風が当たりにくい。この3ヶ月、サーキットテストを繰り返して『どうやって風を入れるか』を徹底的に突き詰めてきました。今回持ち込んだ仕様で3時間の耐久レースを走り切れる目処は立てましたが、まだ完全クリアではありません」(高橋プレジデント)

 その言葉通り、Mコンセプトはボディ後部が大きくワイド化され、車体の至る所にエアインテークやダクトが設けられています。

 ドライバーからは「楽しい」「よく曲がる」という声が上がる一方で、ブレーキやステアリングの制御など、車体全体のバランスはまだ発展途上です。

 高橋プレジデントは「GRヤリスは熟成が進んでいるが、Mコンセプトはまだ“よちよち歩き”。『神に祈る時間』が減ったかどうかも、まだ正確に評価できる段階に仕上がっていません」と冷静に現状を分析します。

空気をいかに取り込むか、これが大きな課題だという(撮影:雪岡直樹)
空気をいかに取り込むか、これが大きな課題だという(撮影:雪岡直樹)

 この前代未聞のコンセプトカーは、果たして市販化されるのでしょうか。

 高橋プレジデントは「最終的なゴールは市販化です」としながらも、「課題が多く、明確な時期は白紙状態」と語ります。「昔のトヨタならやっていないことをやらせてもらえる環境と、挑戦するエンジニアがいるのが今のトヨタの強み。“変態の集まり”ですよ」と笑顔を見せました。

 なおエンジンがなくなったフロントスペースは、将来的にラゲッジスペースや、ラリー競技でのスペアタイヤ置き場として活用するアイデアも検討されているとのこと。

「神に祈る時間」の克服という明確な目的を持って生まれたGRヤリス Mコンセプト。その挑戦は、まさに「公開開発」という名のレーストラックで始まったばかりです。

開発を進めてきた「GRヤリス Mコンセプト」を語る高橋プレジデント(撮影:雪岡直樹)

※ ※ ※

 なお次戦のS耐最終戦となる富士大会では、これまで開発を進めてきた「水素エンジンカローラ」で参戦予定。高橋プレジデントは「これまで準備を進めてきたアイテムが投入できるかはまだわからないですが、常に進化を続けているので期待してほしい」とコメントしていました。

 トヨタはレースという現場で「ミッドシップ4WD」と「水素エンジン」という過酷な挑戦を続けていくことで「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を加速させていきます。

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Writer: くるまのニュース編集部

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