なぜエンジンを「掛ける」と言う? 服を掛けると何が違う? 1300年代から見られる日本語の不思議とは

クルマのエンジンを始動することを「エンジンを掛ける」という言い方をします。一般的に掛けると言えば「服を掛ける」という使われ方をしますが、なぜエンジンに使われるのでしょうか。

「エンジンを掛ける」の「掛ける」の意味とは

 多くのユーザーが日常的に用いる「エンジンを掛ける」という表現。
 
 しかし、よくよく考えてみると、なぜ「エンジン」に対して「掛ける」という表現を用いるのでしょうか。

なぜエンジンを「掛ける」と言うのか?
なぜエンジンを「掛ける」と言うのか?

 通常、「掛ける」という言葉でイメージされるのは「あるものを、ほかのあるものの1点に留め置くこと」、要するに「引っ掛ける」という動作です。

 一方、エンジンを始動するという意味で「エンジンを掛ける」という表現を用いるのは、日本全国で見られるごく一般的な表現です。

 しかし、実際には、エンジンを始動する際にそうした動作をおこなうことはありません。

 にもかかわらず、「エンジンを掛ける」という表現が一般に浸透しているのでしょうか。

「掛ける」という言葉の意味を辞書で引くと、非常に多くの用例を見ることができますが、「エンジンを掛ける」に該当するものは「道具や機械などに働きかけて、動作させる」のように説明されています。

 ただ、この説明は「エンジンを掛ける」などの表現から逆算されたものであり、なぜエンジンに対して「掛ける」を用いるのかを説明しているわけではありません。

 文献をひもとくと、「エンジンを掛ける」という表現が用いられるようになったのは1910年前後のことのようです。

 ただ、当初はクルマに対してというよりも、小型船舶のエンジンに対して用いられることが多かったと見られます。

 エンジンそのものが日本に登場したのは、日本海軍によって軍艦が建造されるようになった1800年代後半のこととされています。

 ただ、書き言葉では漢語を使うことが好まれていた当時では「エンジンを掛ける」ではなく「エンジンを始動する」といった表現が多かったようです。

 一方、1900年代に入ると、民間の小型船舶にもエンジンが搭載されるようになりました。

 そうして一般市民もエンジンに触れるようになったことで、より柔らかいイメージの和語が好まれるようになり、「掛ける」が用いられるようになったと考えられます。

 そうした背景もあり、日本の道路でクルマを見られるようになった1930年代ころには、すでに「エンジンを掛ける」という表現が浸透していたようです。

 逆に、「エンジンを回す」や「エンジンをつける」といった類似表現は、当時の文献にはほとんど見られません。

 つまり、日本にクルマが普及した当初から、「エンジンを掛ける」という表現は一般的なものだったと考えられます。

 ここまで述べたように、「掛ける」という表現はクルマに特有のものではなく、エンジンに対して用いられる表現だったようです。

 では、なぜ当時の人々はエンジンに対して「掛ける」という表現を用いるようになったのでしょうか。

 そこには、さまざまな「掛ける」の用例がヒントになりそうです。

「エンジンを掛ける」と似たような意味で用いられていると考えられるのは、「電話を掛ける」と「音楽を掛ける」のようなケースです。

 さまざまな文献を見ると、どちらも「エンジンを掛ける」と近いタイミングで用いられはじめており、それぞれ電話機と蓄音機という機械に対して働きかけ、動作させているという点でも共通しています。

 このことから、当時は漠然と「機械」に対して「掛ける」という表現を組み合わせていたことがうかがえます。

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