車の「バンパー」ってもはや「死語」の世界!? 安全守る「鉄の棒」はどこへいったのか
3ナンバー車がバンパーのデザインを「進化」させた!?
ところでこのころクラウンではなぜ、5ナンバー車と3ナンバー車で異なるバンパーを装備していたのでしょうか。
![3ナンバー車の税金が極めて高価だった時代には、バンパーやサイドモールなどのサイズを拡大して差別化を図っていました[写真は7代目「クラウン」(上は3ナンバー車)]](https://kuruma-news.jp/wp-content/uploads/2024/06/20230601_TOYOTA_CROWN_7th_000.jpg?v=1685606795)
実は当時「贅沢品」扱いだった3ナンバー車(排気量2000cc以上、全長4.7m・全幅1.7m以上など)の自動車税が、非常に高額だったことが要因として挙げられます。
例えば1984年では、5ナンバー車の最大額が約4万円だったのに対し、3ナンバー車では(しかも3リッターまで)約8万円もしたのです。
そのため、日本車のほとんどは5ナンバー規格に収まるように造られていました。
そこで3ナンバー車は、5ナンバーサイズの車体のまま、バンパーやモールを大きくすることで外観を造り分けし、上級モデルとしての差別化を図っていたという訳です。
これまで続いたメッキバンパーがクラウンの一部車種(商用モデル)以外から消えたのは、7代目クラウン(1983年~1987年)からでした。
5ナンバー車でも黒モール付きの樹脂製カラードバンパーになり、次第に車体との融合性が高まっていきました。
カドを落とした優美な曲面に身を包んだ8代目(1987年~1991年・一部車種は1999年まで)では、5ナンバー規格を突破した「3ナンバー専用ボディ」が導入されています。
バンパーモールはまだ残っており、基本は黒ですが、グレードによってはボディ同色が用いられました。
なお8代目発売中の1989年には自動車税制が大きく変更され、3ナンバー車の税金が引き下げられました。
その結果、3リッター車の自動車税が約5万円になりました。
こうした税制改革に加え、時のバブル経済も手伝って、日産「シーマ」や三菱「ディアマンテ」などの3ナンバー専用ボディのモデルが飛ぶように売れるようになりました。
そして次第に5ナンバー車と3ナンバー車を造り分けることもなくなっていったのです。





































































































