韓国車がかつて日本で売っていた? 国内市場から撤退した自動車ブランド6選

日本の自動車市場にはさまざまな海外メーカーが参入していますが、なかには撤退してしまった自動車メーカーも存在します。いったい、どんなメーカーやブランドがあったのでしょうか。

もう見なくなった? かつて日本でも販売されていた韓国のクルマ

 日本は、中国やアメリカに比べ小さな自動車市場であるにも関わらず、国産自動車メーカーは大手だけで8社もあります。海外の自動車メーカーも数多く進出していて、日本を重要な市場とみなしているメーカーも少なくありません。

 しかし、なかには日本市場に一旦は進出したものの、販売不振で撤退してしまった海外メーカーもあります。そこで、今回は日本市場にかつて存在したものの、乗用車ビジネスから撤退した海外メーカー(ブランド)を6つピックアップして紹介します。

●ヒュンダイ(韓国)

ヒュンダイ「ソナタ」
ヒュンダイ「ソナタ」

 韓国の自動車メーカー「ヒュンダイ」は、近年で日本における乗用車ビジネスを断念したブランドのひとつです。

 ヒュンダイは2000年にヒュンダイ・モーター・ジャパンを設立し、東京・虎ノ門(現在の本社は赤坂1丁目)に本社および、ショールームを構えて、日本でのビジネスを本格化させました。

 取り扱いモデルは、セダンの「XG」「ソナタ」、SUV「サンタフェ」、ミニバン「トランジェ」などのほか、コンパクトクラス「TB」、スポーツカー「クーペ」まで網羅するラインアップが特徴でした。

 しかし、販売は年間1000台から2000台と振るわず、2010年に乗用車販売から完全撤退し、現在は貸し切り向けの大型バスだけが販売されています。

●フォード(アメリカ)

 本格的な日本進出が早かった海外自動車ブランドのひとつが、米フォード・モーターです。1920年代には日本進出に成功し、横浜・子安に組立工場を設立しています。

 フォードが世界の自動車メーカーとして君臨する引き金となったのは、1908年に発表した「T型フォード」の大ヒットです。その使命を終える1927年までに1500万台以上が生産され、フォルクスワーゲン「タイプ1」(ビートル)の2152万台に次ぐ生産台数を記録しました。

 ヒットの要因は価格破壊です。創設者ヘンリー・フォードの指示の下、オートメーションによる徹底した大量生産とコストダウンで、一般的な勤労者にも手が届く価格でクルマを送り出しました。

 フォードは1979年にマツダと資本提携して、日本でディーラー網「オートラマ」を展開します。1985年の東京モーターショーではオートラマ(日本フォード)専用モデルとして、コンパクトカー「フェスティバ」を発表。

 1990年代には欧州フォード製の「モンデオ」、「フォーカス」、「Ka」などを導入するなど、積極的な販促を展開しました。

 しかし2016年1月にフォードは、日本市場から2016年末までに完全撤退すると突然発表しました。当時の発表では、フォードの日本事業が今後収益性確保に向け道筋が立たないと判断したためとされています。

 なお、横浜・子安の組立工場の跡地には現在、「マツダR&Dセンター」があります。

●サターン(アメリカ)

 サターンも日本の自動車市場から消えた自動車ブランドのひとつです。

 サターンは、米ゼネラルモーターズ(GM)が、コンパクトで燃費の良い日本車などに対抗するため、1985年に立ち上げたブランドです。鳴り物入りで設立したサターンは、工場建設などでも緑地植林など環境に配慮した姿勢をアピールしました。

 日本上陸は1997年、現在の東京・新宿駅新南口近くに、第1号店および、ショールームをオープンしました。展開モデルは1.9リッター直列4気筒エンジンを搭載したベーシックな「Sシリーズ」のセダンとワゴン、そしてクーペでした。

 しかし、高い品質の日本車には到底敵わず、2001年に日本から撤退。ブランドそのものも2009年のGM破綻を受け、2010年に廃止されました。

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