「過去のひび割れを価値に変える」 日野自動車・アーリャ新CEOが掲げる“金継ぎ”精神とは? 就任から100日を経て語られた“今とこれから”

日野自動車の新たなトップとして就任したサティヤカム・アーリャ最高経営責任者(CEO)が、メディア向けのラウンドテーブルを開催しました。就任から約100日が経過した現在、アーリャ氏は日野自動車が直面する課題と今後の展望について、日本の伝統技法「金継ぎ」を引き合いに出したメッセージを発信。過去の問題を教訓とし、収益性を重視した持続可能な成長を目指す新体制の戦略を紐解きます。

自動車業界で30年の実績を持つ新トップの素顔と経営哲学

 日野自動車のサティヤカム・アーリャ代表取締役社長CEOが、2026年7月9日にメディア向けのラウンドテーブルを開催しました。

 日野自動車は現在、大きな転換期を迎えています。エンジンの排出ガスや燃費に関する認証不正問題を乗り越え、再び市場からの信頼を獲得するための歩みを進めている最中です。

 その重要な舵取りを任されたのが、2026年4月1日付で同社のCEOに就任したアーリャ氏です。

 就任からおよそ100日という節目に行われた今回のラウンドテーブルにおいて、アーリャ氏はまず自身のこれまでのキャリアと、ビジネスにおける基本的な哲学について語りました。

 アーリャ氏は自動車業界において30年もの豊かな経験を有しており、そのうち約17年間はトラックやバスといった商用車ビジネスに深く携わってきました。キャリアの原点は、インド最大の乗用車メーカーであるマルチ・スズキに遡ります。

 その後、2009年のルノー・日産のインド市場参入時にも重要な役割を果たし、さらには2014年から2018年までの4年間は、日本を拠点として三菱ふそうトラック・バスで勤務した経験も持っています。

日野自動車 代表取締役社長CEOのサティヤカーム・アーリャ氏
日野自動車 代表取締役社長CEOのサティヤカーム・アーリャ氏

 直近の7年間は、ダイムラー・トラック・インディアのトップとして経営を牽引しました。アーリャ氏が同社を引き継いだ当時、ビジネスは赤字状態にあり、市場シェアも停滞しているという非常に困難な状況でした。

 しかし、新型コロナウイルスの世界的流行という逆風のなかであっても事業を黒字化へと導き、市場シェアを倍増させるとともに、企業文化の変革にも成功するという確かな実績を残しています。日野自動車が現在直面している状況において、この「ターンアラウンド(事業再生)」の手腕が高く評価され、トップに抜擢されたことは想像に難くありません。

 アーリャ氏は常に最前線に立つ「現場主義」を貫き、工場やディーラーに直接足を運び、社員や顧客が直面している課題を肌で感じることを重視しているといいます。さらに、意思決定においてはデータと事実を何よりも重んじる姿勢を明確にしています。

新CEOの目に映る日野自動車の強みとは?

 就任直後からの3ヶ月間、アーリャ氏は日本全国のディーラーや顧客を訪問しただけでなく、インドネシア、タイ、台湾、そしてアメリカといった日野自動車にとっての主要な海外市場にも自ら足を運んだと話します。

 現場での対話を通じて、アーリャ氏は現在の日野自動車の特長を4つの側面から分析しています。

 まず1つめは、90年以上の歴史に裏打ちされた“伝統”と“職人技”です。長い年月をかけて培われた技術力は、世界的に見ても極めて高度な水準にあると評価しています。

 2つめは、強固なエコシステムと結びつきです。アーリャ氏が最も驚いたことの一つに、認証問題の影響で新しい車両が供給されない期間が続いたにもかかわらず、他社製品に乗り換えることなく、日野のトラックを待ち続けた顧客が多数存在したことが挙げられます。

 サプライヤーやディーラーを含めたステークホルダーとの間に、これほどまでに強いロイヤルティが築かれているブランドは、世界中の自動車業界を見渡しても稀有であると述べています。

 3つめは、組織のDNAです。日野自動車には、物事を多角的に、そして非常に深く分析してから実行に移すという文化が根付いています。これにより、実行段階でのスピードと確実性が担保されていると分析しました。

 そして4つめは、チームと文化です。日々直面する課題に対して、昼夜を問わず献身的に働く社員の姿勢を高く評価しています。すでに「Hinoウェイ」と呼ばれる企業文化の変革が始まっており、これをさらに次のレベルへと引き上げていくことが重要だと話しています。

アーリャCEOが語る日野の印象とは?
アーリャCEOが語る日野の印象とは?

 一方で、日野自動車のこれまでの歩みを振り返ると、決して順風満帆ではありませんでした。アーリャ氏は、日野の歴史を4つのフェーズに分類して説明します。

 第1のフェーズは2016年から2021年にかけての「急速な成長」の時期です。この時期、日野はあらゆる市場とセグメントで急激に規模を拡大しました。

 しかし、アーリャ氏は当時の状況について「一方でそれは、後に問題を引き起こす原因にもなりました」と指摘。無理な拡大路線が、結果として認証不正につながったという認識です。

 第2のフェーズは、その不正問題からの回復を図り、ガバナンスを強化する時期でした。同時に、経営統合の枠組みである「ARCHION(アーチオン)」設立に向けた準備を進める期間でもありました。

現在は第3のフェーズであり「信頼の再構築」に努めている
現在は第3のフェーズであり「信頼の再構築」に努めている

 そして現在、日野自動車は第3のフェーズである「信頼の再構築」の段階に突入しています。このフェーズを無事に乗り越えた先の2030年以降に、持続可能な未来を描く第4のフェーズが待っているというロードマップです。

「金継ぎ」の精神で臨む、台数至上主義からの脱却

 現在進行形である第3のフェーズ「信頼の再構築」において、アーリャ氏が経営の要として掲げたのが、日本の伝統的な修復技法である「金継ぎ」の哲学です。

 割れてしまった陶器を捨てるのではなく、漆で繋ぎ合わせ、金で装飾を施すことで、壊れる前よりもさらに価値のある、美しく強固なものへと生まれ変わらせるこの思想こそが、今の日野自動車に必要なマインドセットだと語ります。

 アーリャ氏は次のように決意を述べました。

「私たちは自らのひび割れや失敗を、誠実さと勇気を持って認めなければなりません。ただ修復するだけでなく、以前よりも優れた日野を目指します」

「金継ぎ」の精神で「以前よりも良い日野」を目指す
「金継ぎ」の精神で「以前よりも良い日野」を目指す

 そして、この難局を乗り越え計画をいかにして実現していくかについて、3つの根幹となるテーマと、それに紐づく具体的な重点分野を提示しています。

 1つ目のテーマとして掲げられたのが「収益性の高い成長」です。アーリャ氏はこれまでの台数規模を追求するアプローチを見直し、日野自動車が長年培ってきた品質、耐久性、信頼性というブランドの強みを、さらに次の次元へと高める考えを示しました。

 特に商用車ビジネスにおける顧客価値の向上については「私たちは将来の日野製品における総所有コストの改善に、非常に鋭い焦点を当て続けます」と語り、通信技術を用いたコネクテッドソリューションなどを活用して、車両の稼働時間を最大化する方針を強調しています。

 さらに、三菱ふそうトラック・バスと統合する新会社「アーチオン」でのシナジー効果にも言及。共通化によるスケールメリットと効率性を追求していくと同時に、輸送の脱炭素化というグローバルな課題に対しては、特定の技術に偏らないマルチパスウェイの考え方でアプローチする方針です。

 自動運転技術などの先進分野においても、アーチオンの枠組みを積極的に活用しながら次世代モビリティへの変革を進めるとしています。

 2つ目のテーマである「信頼回復」において、最大の焦点となるのが企業文化の根本的な見直しです。

 アーリャ氏は、これまで進めてきたガバナンスとコンプライアンスの向上に向けた取り組みを決して緩めることなく、今後も極めて高い意識を持って継続していくと説明しました。過去の過ちを繰り返さないための仕組みづくりが、すべての前提条件となります。

 その上で、社内の意識改革として「日野ウェイ」の推進や、階層にとらわれない率直な対話を生み出す「日野オープンダイアログ」といった新たな施策を導入していることを明かしました。

 アーリャ氏自身が現場に赴き、従業員と飾らない意見交換を行っています。社内の閉鎖的な環境から抜け出し、現場の声を積極的に経営に吸い上げる風通しの良い環境を整備することで、働く人々から選ばれる魅力的な企業へと生まれ変わることを目指しています。

 そして3つ目のテーマが、これらすべての取り組みを実現するための「持続可能な未来への基盤づくり」です。

 アーリャ氏は「私たちは人材に投資します。才能の育成に投資し、組織のあらゆるレベルでリーダーを育成することに投資します」と述べ、従業員一人ひとりの能力向上とリーダーシップの育成が企業の再生に不可欠であると断言しました。

 より生産性の高い職場環境を整え、社員が自由に意見を言える心理的安全性と、最新のテクノロジーを活用できるツールを提供していく方針です。

 これに加えて、データと人工知能を駆使したデジタルトランスフォーメーションを全社的に推進し、新たなビジネスチャンスの創出と業務の効率化を図ります。

3つのテーマと重点分野
3つのテーマと重点分野

 また、モビリティ業界における最大の課題である脱炭素化については、特定の技術に一本化するのではなく、用途に応じた「マルチパスウェイ」のアプローチが不可欠であると説明しました。

 水素トラックと電動トラック(EV)の棲み分けについて問われたアーリャ氏は、現在のバッテリー技術を考慮すると、EVは一回の充電で500kmから600km程度の走行距離に適していると指摘。一方で、1000kmを超えるような長距離輸送や、より過酷な使用条件が求められる領域においては、水素を燃料とする燃料電池技術が必須になるとの見方を示しています。

 ただし、水素トラックの普及にはインフラの整備と車両価格の低減という大きな壁が存在します。技術、インフラ、そして経済性という3つの要素が掛け算で成り立つものであるため、1つでもゼロになれば全体がゼロになってしまうと警告します。

 この課題を克服するためには、一企業だけの努力では限界があり、政府からの強力な支援や、業界全体での枠組み作り、さらにはパートナー企業との連携によるスケールメリットの創出が急務であるといいます。

統合シナジーの追求と、独立を維持するバス事業

 業界内の競争環境が激化するなか、特に注目を集めているのが台頭する中国系商用車メーカーの存在です。圧倒的なコスト競争力とスケールメリットを持つ新興勢力にどのように対抗していくのかという問いに対し、アーリャ氏は三菱ふそうなどとの経営統合による枠組みが大きな武器になると答えました。

 統合の枠組みを活用することで、統合プラットフォームや標準化されたモジュールを採用することが可能になります。これにより、製品開発や調達における効率性が飛躍的に向上し、これまでは単独で実現することが難しかったスケールメリットを享受できるようになります。

 コストを抑えつつ新技術を迅速に市場に投入できる体制を整えることが、結果として中国系メーカーなどとの厳しい競争を勝ち抜くための対抗策になるという戦略です。

 また、最新技術の導入という点では、デジタル・トランスフォーメーション(DX)と人工知能(AI)の活用にも意欲を見せました。現在でも工場において、カメラの画像認識AIを用いた品質検査システムなどを導入していますが、今後はこうした技術をさらに拡張していく方針です。

 単なる生産現場での活用にとどまらず、販売動向のデータ分析や、顧客へのサービス提案など、企業のコアとなるビジネスプロセスそのものにAIを統合していくロードマップを描いており、全社的な業務効率の底上げを図ります。

 一方で、経営統合の話題において常に関心を集めるバス事業の行方についても、明確な方針が示されました。アーリャ氏によれば、アーチオンにおける経営統合の枠組みにはバス事業は含まれていません。したがって、日野自動車は今後も独立した形で自社のバス事業を継続していくことになります。

 日野自動車のバス事業においては、いすゞ自動車との合弁会社である「ジェイ・バス」が重要な役割を担っています。

 アーリャ氏は、このジェイ・バスを通じた従来の事業体制をそのまま維持し、将来に向けても投資を継続して発展させていくことを明言。日本の公共交通を支えるバス車両の供給体制において、不必要な混乱を招くことなく、安定した事業運営が続けられることが確認されました。

※ ※ ※

 約100日間の視察と分析を経て、自らの言葉で日野自動車の現在地と未来を語ったアーリャ新CEO。社内においては「日野オープンダイアログ」という取り組みをスタートさせ、組織の階層にとらわれない率直で風通しの良い対話の場を設けています。

「金魚鉢の中から外を見るのではなく、外の世界に飛び出して真実を見る必要がある」と語るアーリャ氏の姿勢は、日野自動車という巨大な組織に確実な変化をもたらしつつあります。

 過去の過ちを誠実に認め、「金継ぎ」のように強靭で美しい企業へと再生できるか。新体制の日野自動車が挑む、信頼回復と持続可能な未来に向けた改革の行方に、業界の熱い視線が注がれています。

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Writer: くるまのニュース編集部

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