トヨタがル・マンで4年ぶり王座奪還! 涙の「新体制」が激戦を制した裏側とは

第94回ル・マン24時間で4年ぶり6度目の総合優勝を果たしたトヨタ。しかし栄冠の裏には、強力なライバルや性能調整に苦しみ、組織とマシンのあり方を根本から変革した新生「TR」のドラマがありました。現地で戦いを見守った自動車研究家の山本シンヤ氏が、結果だけでは見えない激戦の舞台裏をレポートします。

かつての「絶対王者」が抱いた強い危機感と新体制への変革

 ル・マン24時間レースで、トヨタが激戦を制し、4年ぶり6度目となる総合優勝を果たしました。

 このニュースはすでに様々なメディアが発信していますが、ここでは結果だけではわからない“裏側”をお届けします。

トヨタ、ル・マン制覇の裏に組織改革。「風通しの悪さ」打破し技術部隊が躍動(撮影:山本シンヤ氏)
トヨタ、ル・マン制覇の裏に組織改革。「風通しの悪さ」打破し技術部隊が躍動(撮影:山本シンヤ氏)

 2018年の初優勝から5連覇を達成し「絶対王者」として君臨してきましたが、近年は強力なライバルの急増とBoP(性能調整)の影響により、非常に苦しい戦いを強いられていました。

 これまでマシンの基本性能の劣勢をピットワークやレース戦略をはじめとする「総合力」で補ってきましたが、それも限界に達しつつあったのです。

 ドライバー兼チーム代表の小林可夢偉選手は、当時を振り返り、「我々は『BoP(性能調整)があるから何もできない』ということに甘えすぎていました。それに対してライバルは、『何としてでも勝ってやろう』というメンタリティが強かったように感じます。参戦メーカーが増えた今、『今までのWECはこうだった』では通じないことが分かりました」と深く分析をしています。

 この強い危機感が、チームの意識を大きく変えるきっかけとなりました。

 そこでチームは2026年シーズンに向けてマシンの大幅アップデート(エボ・ジョーカー)を決断し、それに加えて組織のあり方にもメスを入れました。
トヨタの副社長でTGR-E改めTOYOTA Racing(以下:TR)の会長を務める中嶋裕樹氏はこう語っています。

「私がより深く関わるようになって分かったことは『風通しの悪さ』です。もう少し言うと、個々の能力は高いのに組織になると発揮できない状況……。これはトヨタ自動車が抱えている課題(コミュニケーション不足や現場との距離感)と全く同じです。これは白い巨塔(=技術部)の代表である僕が見ているので間違っていないと思います。それを変えるために、今回無理を言ってエースを投入しています」

 つまり、綺麗事抜きに「勝ちにこだわる」という不退転の決意のもと、新体制が構築されたのです。

 思えば、トヨタがル・マン24時間で5連勝を飾った時代は、「実質的な強力なライバルが不在だったから勝てただけでしょ……」という冷ややかな視線があったのも事実です。

 その証拠に、フェラーリのような世界的強豪がハイパーカークラスに参戦してくると勝てず、世間には「ほら、やっぱりライバルがいたら勝てない」という苦言を呈する人もいました。

 だからこそ、今年のトヨタは正面から競い、勝つ必要があったのです。

ドライバー兼チーム代表の小林可夢偉選手(真ん中)が想いを語る(撮影:山本シンヤ氏)
ドライバー兼チーム代表の小林可夢偉選手(真ん中)が想いを語る(撮影:山本シンヤ氏)

GRから新生「TR」へ:「技術のためのレース」に懸けるプライド

 この変革に伴い、チーム名は従来の「TOYOTA GAZOO Racing(GR)」から「TOYOTA RACING(TR)」に変更。マシン名も「TR010 HYBRID」へと改められました。

 GRとTRの違いは何なのでしょうか。

 分かりやすく説明すると、市販車を見据えた「もっといいクルマづくり」を目指すGRに対し、新生TRが掲げたフィロソフィーは「For the Engineering Race(=技術のためのレース)」です。

 純粋に限界の先にある「もっといい技術・パワートレーン」を泥臭く追求するという、エンジニアたちの意地とプライドをかけた再出発というわけです。

 つまり、もっと速く、もっと強く。もっと効率よく。限界のその先を目指す……というわけです。

 中嶋氏は、「TRはモリゾウ(=豊田章男会長)に頼るのではなく、自分たちのやり方で挑戦したい」と啖呵を切り、東京オートサロン2026の舞台で「今年は絶対にル・マンに勝つ」と宣言しました。

 1年目から勝利を掴むことができた背景には、昨年のル・マンで味わったとてつもない悔しさをバネに、エンジニアたちが発奮して重ねてきた計り知れないハードワークがありました。

 チームは量産車開発部隊が長年培ってきた「燃費・ドライバビリティ・排気」の高度な両立技術を投入し、制御ソフトウェアを改善。さらに、BoPが影響しないあらゆる領域で、徹底的な“カイゼン”を積み重ねたと言います。その一例がこちらになります。

ーーー
・ピット作業での確実性を高める
前年のタイヤ脱落の教訓から開発されたというハブの凸凹形状化。

・空力特性の安定化
昨年モデルはフロントに虫が付着し、空力に悪影響を与えてパフォーマンスが落ちたという手痛い教訓から、路面のゴミ詰まりを防ぐ形状の工夫や、カウルへの虫付着を防ぐ空力開発を徹底。

・駆動力とタイヤ接地の熟成
ル・マンのバンピーな路面でも即座に駆動力を立ち上げ、無理のない空気圧でミシュランタイヤの安定性を最大限に引き出す。
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 これ以外にも、可夢偉選手が言うには「知ると『マジか!!』っていうこともやっています」と語る無数の緻密なカイゼンこそが、エンジニア部隊がもたらしたトヨタの新しい武器と言えます。

トヨタの副社長でTGR-E改めTOYOTA Racingの会長を務める中嶋裕樹氏(撮影:山本シンヤ氏)
トヨタの副社長でTGR-E改めTOYOTA Racingの会長を務める中嶋裕樹氏(撮影:山本シンヤ氏)

予選の低迷にも動揺なし、決勝を見据えてプロセスを信じ抜く

 そんな中迎えた2026年のル・マン24時間レース。予選は他車の影響やトラックリミットによって14位・15位と大きく沈みました。

 しかし、チームに動揺は一切ありませんでした。

 可夢偉選手は「例年は予選シミュレーションをやっていましたが今年はやっていません。その代わり決勝に関してはポジティブなパフォーマンスが出ているので、『どちらを取るか?』という時に、決勝を重視してやってきた結果です」と語り、平川選手は「色々な感情があるのも事実です。ただ、大事なのは決勝で、そのために準備をしてきましたので全然戦えると思っています。後方からのスタートですが前に行きます」と語りました。

 さらにレース前に可夢偉選手はチーム代表として「走っているのはドライバーですが、裏でエンジニアも24時間戦っています。とにかく『“強いクルマを作る”ってどういうプロセスをやっているんだ』を見ていただきたい。それが『凄い、凄くない』という話ではなく、このレースを戦うために本当にいろいろな細かいエンジニアのプロセスだったり、メカニックのクルマを組み立てるプロセスがあります。それ以外にオーガナイズも……です。ル・マンの現場には100人以上のメンバーが来ていて、1人ひとりのスケジュールが細かく予定されています。まさに“役割分担”ですが、その役割を1人ひとり遂行していくことこそが、この長いル・マン24時間における“我々の戦い方”です」と決意も語ってくれました。

 この言葉通り、予選の順位に惑わされず、自分たちの組み立ててきたプロセスを愚直に信じ抜くことこそが、今回の結果の伏線となったのです。

数々のトラブルを乗り越えた「人の力」と完璧なチームプレイ

 決勝レースは一見順調に進んでいるように見えましたが、その裏では両車に様々なトラブルが襲いかかっていました。

ーーー
・7号車
序盤のスローパンクチャーや、ドライブシャフトのトルクセンサー不良による出力低下。
・8号車
FCY(フルコースイエロー)中の速度超過ペナルティや、ブレーキカバー周辺(冷却ダクト)の損傷によるタイムロス。
ーーー

 8号車の平川選手は「一時は完全に流れを失いかけましたが、チームが不眠不休でマシンを修復し最善の戦略を組み立ててくれたおかげで前を向けました」と語っています。

 その言葉通りに、エンジニアやメカニックたちの「人の力」が、トラブルで折れかけたドライバーの心を強力に支え、再びマシンを前線へと送り戻し続けました。

 そして、ライバルの動きに惑わされない大胆なピット戦略、そしてドライバー、エンジニア、メカニックがそれぞれ最高の仕事を遂行した結果、夜明けを迎える頃には上位へと進出。

 レース終盤、激しい首位争いの中でマイク・コンウェイ/小林可夢偉/ニック・デ・フリース組の7号車が遂にトップへと浮上します。

 その後、2位を走っていた8号車は、ステアリングを握るセバスチャン・ブエミ選手が後ろから1秒を切る猛烈なペースで追い上げてきたBMW(20号車)を抑え、7号車を先行させます(その後タイヤ消耗もあり3位に後退)。

 平川選手が「自分たちが優勝を狙うのが難しい状況になった時、チームとしての勝利を最優先に考えました。セブ(ブエミ)がBMWを完璧に抑え込んでくれたおかげで、7号車が安全なマージンを築くことができました」と語るように、完璧なチームプレイに徹したのです。

新生TOYOTA Racingが4年ぶり王座奪還!
新生TOYOTA Racingが4年ぶり王座奪還!

新生「TR」1年目の栄冠:単なる勝利を超えたエンジニアの意識改革

 ペース、信頼性、戦略……その全てが噛み合った「真の総合力」と、絶対に勝つというチームメンバー全員の「想い」が噛み合い、さらには運を引き寄せる力も後押しして、7号車は見事にライバルを圧倒。

 最後はチーム代表でもある小林可夢偉選手自らがチェッカーフラッグを受け、新生「TR」としての参戦1年目にして、4年ぶりとなる6回目のル・マン24時間総合優勝を果たしました。ちなみに2位BMWとの差は、24時間走ってわずか10.9秒という大激戦でした。

 レース後、メディアセッションに臨んだ小林可夢偉選手は、チームが見せた進化について、熱く、そして感慨深げに「今回の勝利こそが、エンジニアたちが諦めずに泥臭く積み重ねてきた無数の『カイゼン』の成果であり、新体制が正しかったことを証明できたと思っています」と語っています。

 現地でこの模様を24時間見守った筆者は、ゴール直後は平気だったものの、レース後にピットへ向かい、去年の悔しさを乗り越えて不眠不休でハードワークを続けたエンジニアたちの顔を見た瞬間、涙が溢れ出て止まらなくなってしまいました。

 その後、中嶋副社長は豊田章男会長(モリゾウ)に向けてメッセージを送りました。

「TRはモリゾウに反旗を翻したという話ではなく、モリゾウがつくった土壌から生まれた“新しい挑戦”なのです。今年のル・マンでは、あなたが育てた仲間たちが自分たちで考え、挑戦し、勝てるチームになった……ということを示しています」

 それは、モリゾウに頼ることなく、エンジニアたちが自立して掴み取った勝利の証明でもありました。筆者は今回のル・マン総合優勝は、単なるレースの勝利に留まらないと考えています。

 これまで「機能軸」の縛りに囚われがちだった量産車のエンジニアたちに、「勝つための作戦や、それを実現するための選択肢の奥深さ」という大きな意識改革をもたらしました。

 可夢偉選手が「是非、見てほしい」と語ったあの泥臭く緻密なエンジニアたちのプロセスは、今後のトヨタの量産車開発へとこれまで以上に深く力強くフィードバックされていくと信じています。

 TRとGRの対決は、東京オートサロンでの「喧嘩三番勝負」で面白おかしく語られていますが、その本質は対立ではなく、目的を実現するための手段が異なるだけです。

 つまり、GRには「GRの挑戦」、TRには「TRの挑戦」があるということです。

 ただ、今年のル・マン24時間で花開いたTRの「もっといい技術づくり」から始まった「もう一つのもっといいクルマづくり」の未来を、筆者は今後も追い続けていきたいと思っています。

 そして最後に、優勝おめでとう。とてもいいレースでした。

【画像ギャラリー】これが優勝したTRです。(30枚以上)

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画像ギャラリー

Writer: 山本シンヤ

自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車メディアの世界に転職。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の想いを伝えるために「自動車研究家」を名乗って活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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