54年探しても“開いたリトラ”の写真が一枚も存在しない!? 初期試作車「LP500」 に残された“永遠の謎”! ランボルギーニ「カウンタック」の知られざる真実とは
スーパーカーの象徴として語り継がれるランボルギーニ「カウンタック」。その原型となった初期プロトタイプ「LP500」には、今なお“解けない謎”が存在します。それは、リトラクタブルヘッドライトを「開いた状態」で撮影した写真が、実は一枚も存在しないというのです。
カウンタック誕生に欠かせない幻のプロトタイプ「LP500」
1970年代後半に巻き起こったスーパーカーブームの中で、「キング・オブ・スーパーカー」として圧倒的な人気を誇ったランボルギーニ「カウンタック」。
現在でも語り継がれるその存在は、1974年に登場した量産第1号「LP400」によって確立されたといっても過言ではありません。

しかし、多くのファンが見逃しがちなのが、LP400の前に必ず“原型”となる試作車が存在していたという点です。ほとんどの人が量産モデルを中心に語りがちですが、実はカウンタックの歴史は、市販型とは異なる独自の姿を持つ初期プロトタイプの「LP500」から始まっています。
そのLP500が初めて世界の前に立ったのは、1971年3月に開催されたジュネーブ・モーターショーでした。「ミウラ」の最終モデル「P400SV」と並んでベルトーネのブースに展示された鮮やかなイエローのLP500は、未来的なウェッジシェイプと革新的なパッケージングで衝撃を与え、以降のスーパーカー像に決定的な影響を与えるモデルとなりました。
しかし、ショーカーとして注目を浴びたLP500は、そのまま量産化されることはありませんでした。ランボルギーニによって市販化に向けたさまざまな試験車両として酷使された後、最終的には各種データ取得のためのクラッシュテストに使用され、破壊されてその役目を終えています。
唯一無二のショーモデルがコンクリート壁に衝突し廃車となったというエピソードは、スーパーカー史の象徴的な出来事として今も語り継がれています。
LP500のデザインを手がけたのは、世界的なカーデザイナーであるマルチェロ・ガンディーニです。後に量産されるLP400とは多くのディテールが異なり、フロントの造形やサイドのライン、灯火類の配置など、プロトタイプならではの特徴が随所に盛り込まれていました。
そのため、LP500の姿を忠実に再現したレプリカを製作するのは非常に難易度が高く、細部をつかみきれない部分も多く残されています。
そんなLP500をベースにしたレプリカをトヨタ「MR-S」を基礎として製作し、現在もイベントなどに展示しているオーナーを取材したことがありますが、その制作過程はまさに“資料探しの連続だった”と振り返ります。
「大人になってLP500のことを知り、そのシンプルで端正なデザインに改めて魅了されました。カウンタックは進化するにつれてどんどん装飾的になっていきましたが、LP500からLP400あたりの時代のデザインは非常に美しいと思っています。実車はもう残っていないので、当時の写真やミニカー、プラモデルの資料を集めるところから始めました」
オーナーがレプリカ製作を依頼したのは2019年初頭。MR-SとLP500のホイールベース(2450mm)が偶然にも一致していたことから、構造的には相性が良かったといいます。LP400レプリカ用に存在していた型をベースに、LP500特有の外装ディテールへと調整していく作業が続き、同年9月にようやく形になりました。
「写真やミニカーを細かく見比べながら、外装をLP500用に修正していきました。特にフロント周りやサイドの造形は、市販型とはかなり印象が違うので、そのあたりを合わせるのが大変でした」

“開いたヘッドライト”の写真だけが残らなかったワケ
しかし、製作にあたってどうしても入手できなかった“謎の資料”があったといいます。
それが、LP500のリトラクタブルヘッドライトが“開いている状態”の写真が一枚も現存しないという事実でした。
50年以上前のプロトタイプであり、現存していないことを踏まえても不思議な話ですが、展示時の記録写真やプレス資料、世界中のマニアが所有するアーカイブを調べても、開いた状態の写真だけが完全に欠落しているといいます。
「もしかすると、モーターショーに間に合わせるために、ライト開閉機構が完成していなかったのでは? とも考えています。内部の色も資料が一切ないので、私はシルバーで仕上げました」
量産型LP400ではリトラクタブルヘッドライト内部がブラック仕上げとなっていたため、LP500も同様に黒系だった可能性は十分あります。しかし、鮮やかなボディカラーと同じイエローで彩られていた可能性も考えられ、想像は尽きません。
もし当時、LP500のライトが実際に開かれていたら、どんな表情を見せていたのでしょうか。皆さんはその内部が何色だったと思いますか?
Writer: 高桑秀典
1971年東京生まれ。自動車雑誌編集部員を経て独立。イベント取材時には撮影も担当するが本業はフリーランスのライター兼エディター。1998年に買ったアルファ ロメオGT1600ジュニア(通称:水色号)を現在も愛用しており、すでに総走行距離が34万kmオーバーとなっている(2025年10月中旬現在)。昨今のフィアット500にも乗っており、現在、白のデュアロジックという縛りで買い進め、3台(4気筒の屋根開き&2台のツインエア)を運用中。
















































































