「カローラだって超低燃費!」の時代に「元祖」ハイブリッドカー トヨタ「プリウス」の存在意義とは!?
トヨタ「プリウス」が世界初の量販ハイブリッド車として誕生してからおよそ25年が経過し、ハイブリッド車はもはや特別な存在ではなくなりました。そんななか、プリウスがいまも生き残り続ける意義とはどこにあるのでしょうか。
世界初の量産ハイブリッドカー「プリウス」が果たした役割は大きい
世界初の量産ハイブリッドカー「プリウス」のデビューから、間もなく25年が経過しようとしています。
その後ハイブリッド車が広く普及し「低燃費」が当たり前の価値となったなかで、フルモデルチェンジの噂も聞かれるプリウスが果たす役割について改めて考えます。

1997年12月に「21世紀に間に合いました」のキャッチコピーで登場したトヨタの初代プリウスは、世界初の量産ハイブリッド専用車でした。
発売当初の価格は215万円と決して安くなく、同時期に販売されていた3ナンバークラスのセダンである「カムリグラシア」(2.2リッター)の218.8万円に匹敵する高価なものとなっていました。
しかし複雑なハイブリッドシステムのコストを考えれば、むしろ赤字ともいえる価格設定となっており、トヨタの身銭を切る価格設定こそが、今日のハイブリッド車の普及に繋がったといえるかもしれません。
そんなプリウスが大ヒット車種となったのは、2009年に登場した3代目モデルでした。当時の政府が打ち出した「エコカー補助金」も後押しをして、2009年度の年間販売台数ランキングのトップを獲得。
さらに翌年には31万5669台という圧倒的な販売台数(2位のフィットは18万5439台)を記録し、その人気を不動のものとしたのです。
この頃になると、2011年12月に新たにコンパクトなハイブリッド専用車の「アクア」が登場したり、ほかのモデルにもハイブリッド仕様のグレードが設定されたりと、「ハイブリッド車イコール特別なもの」というイメージもすっかり払拭され、我々の生活に溶け込んだものとなっていました。
そういった意味でも、歴代プリウスが果たした役割は大きかったといえるでしょう。
しかし2022年現在では、もはやハイブリッド車が当たり前になり過ぎてしまったことで、プリウスの存在価値が薄くなってきたともいえます。




































