トヨタはなぜ水素エンジンに挑戦? 内燃機関の行く末はいかに

走行した感触は? 水素ならではの課題も

 走行したドライバーに印象を聞いてみると、「ホント普通です」、「現時点では6000rpmに抑えて走っていますが、本戦ではこれより下がることはありません」、「欲をいえばもう少し馬力は欲しいが、『排気音』と『振動』、そして『シフト操作』はEVでは得られない良さ」、「後席に水素タンク搭載しているのでクルマの動きは大きいですが、重量配分はFRに近い感じなのでハンドリングは悪くない」、「本当に今後が楽しみ」とおおむね好印象。

 ちなみに、石浦宏明選手はSNSで「いい音しているのに、何だかクリーンに走れた気がする」と面白いことを語っていました。

 佐々木雅弘選手は「過給器が付いているクルマには相性がいいと思う」と意味深なコメントも。ほかにもさまざまなトライをしているのかもしれません。

 気になるラップタイムは各ドライバーがクルマに慣れることが第一でフルアタックではないとはいえ、コンスタントに2分4-5秒で走行。参考までにST5クラスのトップクラスと同じくらいの速さです。

 外で走りを見ていると音量は控えめですが高周波の心地よいサウンドが聞こえてきます。

 この瞬間、水素エンジンであることを忘れてしまいますが、排出されるのは水蒸気(一瞬マフラーから見える時がありますが普段はほとんど見えない)だけという紛れもないクリーンエンジンなのです。まさに「違和感のない違和感」という感じです。

 ただし、燃費は現状では水素満タンで10周から12周ですが、水素特有のリーン燃焼をどれだけ使えるか、さらに水素の搭載技術の向上など伸び代はまだまだあるようです。

 燃料補給は移動式の水素ステーション(2台)が設置され、福島県浪江町から運ばれる完全クリーンな水素が供給されます(タンクローリー4台、5台体制の予定)。

 恐らく、富士24時間では500LAPくらいは走る計算なので、水素補給スタッフの耐久性も試されるでしょう。

 水素エンジン開発のエンジニアは次のように説明しています。

「水素は着火しやすく燃焼速度が速いのでリーンにしても燃えやすい。なので、ガソリンよりもポテンシャルがあると思っています。

 今後はそのいい所を引き出しながら、課題(=異常燃焼)をどうコントロールしていくかの戦いです。

 今回の走行では異常燃焼はほとんど出ていないようでホッとしていますが、伸び代はまだまだありますのでカイゼンは続きます」

マフラーから排出されるのは水蒸気
マフラーから排出されるのは水蒸気

 マシンは24時間に向けて走り始めましたが、この短期間で形になった要因はどこにあったのでしょうか。

 GRカンパニーの佐藤恒治プレデントはこう語っています。

「達成感よりも緊張のほうがうえで、『まだまだやることがたくさんあるな』というのが本音です。

 現状は整って出ていくわけではなく安全性以外は未知数です。

 ただ、鍛えるのが目的なので挑戦しかないですね。

 短期間でここまで来たのはこれまでの技術の積み重ねがあったから。

 水素エンジンは直噴技術がキモとなりますが、我々は長年ガソリンの直噴技術の開発をおこなってきたことが役立っています。

 また、水素の燃料供給の信頼性やFIAの基準に到達する衝突安全性はMIRAIの開発があったから実現できました。

 つまり『イノベーションは複合化』、僕は自動車産業にとって大事なことだと思っています。

 メンバーは大変ですが生き生きしています。辛いけど楽しい……これが技術開発です」

※ ※ ※

 水素エンジンによる挑戦は、富士24時間だけではなく継続的におこなうといいます。

 ただ、今回の富士24時間での課題やトラブルにより、次戦も参戦するのか、それともスキップして課題を克服するのか、などの判断をおこなうそうです。

 筆者はこれまで「ヒトとクルマを鍛える」ニュル24時間の挑戦を長きに渡って追いかけてきましたが、それに加えて「技術」を鍛えるこの水素エンジンの挑戦を追いかけてみたくなりました。

 その一方で、2020年の富士24時間で衝撃的なデビューウィンを果たしたGRヤリスは2021年の富士24時間には参戦はしません。

 この1年、GRヤリスはレースを通じて徹底的に鍛えられてきましたが、ルーキーレーシングとしての役目(=トヨタ車で参戦してくれるカスタマーチームのための最後のフィルター)は終わった、という判断のようです。

 ただ、その知見やノウハウは2021年から参戦のプライベーターへ水平展開、つまりセカンドステップに入ったことを意味します。

 その証拠にGRヤリスで参戦するプライベーターのピットを覗いてみると、そこには支援をおこなうGRヤリス開発メンバーの姿がありました。

 それを見て、トヨタの継続的なモータースポーツ活動が本気であることを改めて実感しました。

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Writer: 山本シンヤ

自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車メディアの世界に転職。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の想いを伝えるために「自動車研究家」を名乗って活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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3件のコメント

  1. >このスピード感こそが今の「トヨタらしさ」
    散々EVで出遅れてる見てるのに、よくそのコメントが出るわ。パブ記事も大概にしようよ。ホンダにも同じ言葉が出るの?

  2. 水素エンジンと聞くとワクワクしてしまう
    市販化されて、時速600キロのレースカー出ないかなー。
    30周年にトヨタからこんないい挑戦の話が出るなんてありがてー

  3. 驚いた。馬力が結構でている。燃焼ハードルが低いので、自然着火を抑えるためには希薄燃焼にしないといけないけど、それで馬力を出すためには過給率を上げないといけない。そうすると窒素酸化物が増える。レース用なのでそれを容認しているのか、あるいはひょっとして、燃焼室内に水噴射して抑えているのだろうか。排気を冷却すれば水は補充していけるんだし。

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