「GRヤリス」よりもスゴかった!? 短命だったモンスターマシン5選
国産車にもあった戦うクルマとは!?
●日産「240RS」
1965年に発売された、国産スペシャリティカーの元祖といえる日産初代「シルビア」は、多くの製造工程が手作業とされた非常に高価でレアなモデルです。
1975年に登場した2代目はアメリカ市場を意識した流麗なフォルムのクーペでしたが、排出ガス規制の強化と重なった時期だったため、人気車とはなりませんでした。
そして、1979年にデビューした3代目は、2代目とは大きく異なるシャープなボディラインを持つスポーティなクーペ/ハッチバックとなります。
この3代目シルビアをベースとして、1982年にレースベース車の「240RS」を発売。
搭載されたエンジンは2.4リッター直列4気筒DOHC16バルブで、フロントに搭載されリアタイヤを駆動するFRを採用。2基のソレックスキャブレターが装着され、最高出力240馬力を発揮し、ラリー仕様では275馬力までパワーアップされていました。
外観はラジエーターの冷却能力向上のために大きく拡大されたフロントグリルと、リベット留めのオーバーフェンダー、リアスポイラーなどが装着され、ベースのシルビアとは異なる迫力あるボディとなっています。
また、内装に快適装備は一切無く、インパネには各メーターとグローブボックスがあるだけの、非常にストイックな仕様です。
240RSはWRC参戦を目的に、グループBの公認を得るために200台を製造し、国内でもわずかな台数が販売されました。
しかし、参戦した時点ですでに4WDが優勢で、FRの240RSはすでに時代遅れだったため優勝こそなかったものの、1983年のニュージーランドラリーで2位、1985年のサファリラリーで3位などの戦績を残しています。
なお、240RSは非常に希少なクルマですが国内にも現存しており、いまでも旧車イベントなどで見ることができます。
●ダイハツ「シャレード926ターボ」
ダイハツ初代「シャレード」は、新世代のコンパクトカーとして1977年に登場。1リッターの直列3気筒エンジンを横置きに搭載したFFで、コンパクトなボディサイズながら広い室内空間を実現し、優れた経済性から人気となりました。
1983年に登場した2代目シャレードには、1リッターガソリンエンジンに加え、当時の世界最小排気量だった1リッター直列3気筒ディーゼルエンジンをラインナップ。
そして、1984年にWRCへの参戦のため、ホモロゲーションモデルの「926ターボ」を200台限定で発売。
926という車名の由来は排気量で、ベース車が993ccエンジンだったのに対し926ターボは文字どおり926ccでした。
これは国際自動車連盟が決めた規則で、レースにおいてターボエンジンと自然吸気エンジンを公平に扱うために、ターボ車の排気量を1.4倍(当時の規則)として扱う「ターボ係数」が課せられました。
その結果、993ccならば1.3リッターから1.6リッターのクラスで戦わなければなりません。しかし排気量を926ccまで下げた926ターボならば1.3リッター以下のクラスに参戦できました。
なお、926ターボはラリーベース用車両といっても、チューニングをすることを前提としていたため、最高出力は76馬力と、80馬力を発揮する「シャレード・デトマソターボ」よりも劣っていたくらいです。
それでも、強化バルブスプリングや高速型のカムシャフト、フルトランジスタ点火を採用し、内装ではバケットシート、MOMO製ステアリングホイールがおごられ、ほかにも165/70HR13のタイヤ、ハロゲンヘッドライトなどが標準装備されていました。
実際の戦績では1985年のサファリラリーで、クラス優勝を果たしています。
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グループBカーは数々の悲劇によって消滅しましたが、その後のグループA、そして現在のWRカーと、スピードはグループBを凌ぐほどに上がっています。
技術的な進化もありますが、レース運営など多角的な改善によって、重大な事故は減ったということでしょう。
そうした進化は市販車にも生かされており、昔よりもハイパワーになっても、安全性は飛躍的に向上しています。
現代のクルマに、このような競技に使えるクルマが殆ど無くなってしまいました。
モータースポーツなくして、自動車メーカーの発展はないと思っています。
夢のある弄れるクルマの復活を望みます。