プレイバック! 10年前のアルファ ロメオ100周年イベント

アルファが愛される理由は、高級スポーツカーメーカーから量産車メーカーへの転身が理由!?

 古今東西の自動車ブランドのなかでも、もっともエモーショナルなひとつとして知られるアルファ ロメオは、自動車史上最も偉大なブランドのひとつともいえるだろう。

 わが国では身近な存在として認識されてしまったイメージもあるものの、第二次大戦前まで遡ってみれば、現代のフェラーリにも相当するレーシングカーコンストラクター兼高級スポーツカーメーカーとして、グランプリからスポーツカーレースまで完全制覇。まさに世界の頂点に君臨する存在だった。

 ところが、1954年に名作ジュリエッタが誕生して以降のアルファ ロメオは、量産車メーカーへと転身を果たすことになった。そして、それまでの富裕層限定から一般市民にも愛されるブランドとなってからも、実に60年以上の時が経過したことになる。

 一方、長らくモータースポーツをレゾン・デートルとしてきたアルファ ロメオだが、この100周年記念イベントでは、例えば本社やムゼオから出品される戦前・戦後の珠玉のレーシングマシンに、往年のワークスドライバーが搭乗してデモ走行するような、派手なエキシビションのたぐいは見られなかった。

●アルフィスタによるワールドカップ

アルファ ロメオ100周年記念では、タンジェンツィアーレをパレードラン。参加車両のアルファ ロメオ・オーナーたちは、沿道のギャラリーに手を降って応えていた
アルファ ロメオ100周年記念では、タンジェンツィアーレをパレードラン。参加車両のアルファ ロメオ・オーナーたちは、沿道のギャラリーに手を降って応えていた

 しかし、それに代わって余りあったのが、世界中から結集したアルフィスタたちの熱い想いだろう。これは、アルファ ロメオというブランドの見識ゆえのことかもしれない。

 アルファ ロメオの100年間を地道に支えてきた、市井のファンたちに寄り添う姿勢の表れと思われたのだ。

 また、約3000台分のエントラントのうち、イタリア国内からの参加はわずか2割程度に過ぎず、残りの8割は外国からのエントリーであった。その内訳は近隣のスイス、フランスやドイツはいうにおよばず、イギリスやオランダ、ベルギー、クロアチア、ロシア、あるいはオーストラリアやニュージーランドからの参加者も見られた。

 実は、日本からもMiToやジュリエッタのレンタカーを借りて参加するエントラントが4組ほど確認されたほか、台湾や中国からの参加者も見られた。そして会場ではイタリア語や英語に加え、ドイツ語にフランス語、ポルトガル語、さらには筆者にはどの国の言語かも聞き取れない言葉による大声援がこだまし、世界中のアルフィスタによるワールドカップの様相を呈していたのだ。

 かくのごとく、おそらく世界で最も愛されている自動車ブランドのひとつであるアルファ ロメオ。その記念すべき100年の節目は、素晴らしいヒストリーとエモーショナルなキャラクターに相応しい、エンスージアスト精神に溢れたものとなったのである。

 あの感動の日々から、ちょうど10年。110周年を迎えたアルファ ロメオは、母国イタリアが新型コロナパンデミックの影響を甚大に受けてしまったこともあって、順風満帆とはいえない状況にあると認めざるを得ないだろう。

 しかし、100周年イベントで全世界から集結したアルフィスタたちが見せてくれた、本気の「アルファ愛」をこの目で確認してきた筆者は、これまでの110年間を熱烈に支持してきたファンの想いから乖離してしまうようなことでもない限り、これからもアルファ ロメオは愛されるブランドであり続けると確信したのである。

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