主人公と半魚人を苛める悪役は“キャデラック”を選んだ アカデミー賞作品賞受賞作『シェイプ・オブ・ウォーター』
第90回アカデミー賞で作品賞・監督賞・作曲賞・美術賞を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』は、60年代のアメリカを舞台に描かれたラブロマンスです。当時の格差社会をうまく捉えた映像手腕は、現政権に置き換えることもできるのかもしれません。
半魚人と出会い恋に落ちるラブロマンス
『パンズ・ラビリンス』『パシフィック・リム』のギレルモ・デル・トロ監督が手がけ、第90回アカデミー賞で作品賞・監督賞・作曲賞・美術賞を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』。
本作の舞台となるのは1962年の米ボルチモア。夜勤清掃員として政府の秘密施設で働く主人公のイライザ(サリー・ホーキンス)が、アマゾンで捕獲された半魚人と出会い恋に落ちる“異種族”ラブロマンスです。
一見、車ネタとは無縁の作品のように思えますが、あるキャラクターと当時のアメリカを反映した重要な要素として高級車キャデラックが登場します。
本作の主要人物は、声を失った独身女性イライザをはじめ、同僚の黒人女性や初老でゲイの隣人など、60年代当時のアメリカでは人間扱いされなかったであろうマイノリティの人々ばかり。
一方、彼女たちの前に立ちはだかる“悪役”として登場するのは、研究施設に派遣されてきた政府の役人=圧倒的な勝ち組であるストリックランド(マイケル・シャノン)です。
マジョリティ代表として暴力からセクハラまで悪逆のかぎりをつくすストリックランドですが、そんな彼も上司にはさっぱり頭が上がらない中間管理職の身。ゆえに組織内での立場に執着し、予期せぬトラブルが起こるたびにテンパり徐々に正気を失っていきます。
演じるシャノンの顔力がスゴすぎて見逃されがちですが、実は彼も内面に脆さを抱えた人間なのです。
そんなストリックランドが、なんとなく入ったカーディーラーで目を留めたのが青緑色の「キャデラック シリーズ62」。車に興味があるとは思えない堅物のストリックランドですが、セールスマンの「車輪付きのタージ・マハルですよ」「キャデラックは成功者が乗る車」「未来を見ている男に相応しい」という上昇志向をくすぐる巧みな話術にコロッとやられ、まんまとお買い上げしてしまいます。
近年ではデカい、燃費が悪い、乗り心地が悪いと敬遠されがちな旧いアメ車ですが、やはり現代の車にはない堂々とした造形美と、そこから醸し出される存在感や色気は唯一無二のもの。
とはいえ、62年のアメリカといえば泥沼のベトナム戦争に突入する直前。本作におけるキャデラックも、まもなく崩壊する“古き良きアメリカ”の象徴であるかのように描かれています。
常に“異形の者”に優しく寄り添ってきたデル・トロ監督が長年の構想をついに作品化した『シェイプ・オブ・ウォーター』は、トランプ大統領の誕生などによって改めて浮き彫りとなった深刻な差別問題にも鋭く斬り込んでいます。
まるで水のようにゆらゆらと揺らめくカメラワークに身を委ねつつ、監督の真の狙いに想いを馳せてみてはいかがでしょう。