ジツは始まりの時点でスゴかった! 各ジャンルの元祖だった車3選

日本で本格的な自動車製造が始まってからすでに110年もの歳月が経ち、これまで膨大な数のクルマが販売されてきました。そのなかには各ジャンルの始まりとなったモデルも存在。そこで、元祖といえる記念すべきモデルを、3車種ピックアップして紹介します。

ジャンル別で元祖となったクルマを振り返る

 日本の自動車製造の歴史は古く、明治の終わりから大正初期にかけて本格化し、すでに110年もの歳月が経っています。

各ジャンルにおいて始まりとなった記念すべきクルマたち
各ジャンルにおいて始まりとなった記念すべきクルマたち

 この間に、世界に誇れるほど多くの自動車メーカーが誕生、そのなかには消えていったメーカーもありますが、星の数ほどのクルマが世に送り出されてきました。

 さらに個々の車種だけでなく、さまざまなクルマのジャンルも確立され時間の経過とともに多様化が進み、現在に至ります。

 この膨大な数のクルマのなかには、今に通じるジャンルの先駆けとなったモデルも存在します。

 そこで、元祖といえる記念すべきモデルを、3車種ピックアップして紹介します。

●プリンス「スカイラインスポーツ」

元祖国産スペシャリティカーであり初の海外デザイナーの作品でもあった「スカイラインスポーツ」

 日産の現行モデルのなかで、もっとも長い歴史を刻んでいるのが「スカイライン」です。初代は1957年にプリンス自動車の前身である富士精密工業から発売され、そこから系譜が途切れることなく65年も販売されてきました。

 1963年には2代目となるプリンス「スカイライン」が登場しましたが、それよりも少し前の1962年に異色のスカイラインであり、日本初の本格スペシャリティカーといえる2ドアクーペの「スカイラインスポーツ」がデビューしました。

 スカイラインスポーツは高級セダンであるプリンス初代「グロリア」のシャシとパワートレインをベースに開発され、内外装のデザインはイタリアの工業デザイナーであるジョヴァンニ・ミケロッティに依頼されました。

 ミケロッティは現在のBMW「3シリーズ/5シリーズ」の原点ともいえる「1500シリーズ」や、国産車では日野「コンテッサ」など、数多くの名車を手掛けた著名なデザイナーです。

 そして、スカイラインスポーツでもっとも特徴的なのがフロントフェイスで、左右に吊り上がって配置された丸型4灯のヘッドライトは、当時の国産車ではありえないほど斬新な造形でした。

 全体のフォルムも伸びやかでモダンで美しいスタイリングとされ、内装は比較的シンプルなデザインながらイタリアの高級スポーツカーをイメージして仕立てられていました。

 また、斬新だったのはデザインにとどまらず、オートチューニング付きラジオや、電動で伸縮するオートアンテナが標準装備されるなど、当時最先端の装備を搭載。

 エンジンはグロリア用の最高出力94馬力(グロス、以下同様)を発揮する1.9リッター直列4気筒OHVを搭載。足まわりはフロントがダブルウイッシュボーン、リアがド・ディオンアクスルと、やはり先進的でした。

 この凝ったデザインを実現するにあたって製造工程の大半は手作業のハンドメイドとされたことで、スカイラインスポーツの価格はクーペが185万円、コンバーチブルが195万円と、当時の大卒初任給の100倍にものぼり、まさに庶民には夢のような超高級スポーツカーでした。

 そのため、生産台数はクーペが35台、コンバーチブルが25台と、合計でもわずか60台しか生産されませんでした。

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●トヨタ「クラウンエイト」

ショーファードリブンの先駆けであり装備も先進的だった「クラウンエイト」

 いわゆる高級車と呼ばれるクルマは珍しくありませんが、そのなかでも頂点に君臨するのがショーファードリブンのクルマではないでしょうか。

 ショーファードリブンとは文字どおり「ショーファー=お抱えの運転手」が運転するクルマで、現在のトヨタ「センチュリー」や、かつての日産「プレジデント」が、国産モデルでは代表的な存在です。

 そして、国産ショーファードリブンの元祖といえるのが、1964年に発売されたトヨタ「クラウンエイト」で、主に法人の役員専用車やハイヤー向けに開発されました。

 クラウンエイトは2代目クラウンをベースとし、ボディサイズは全長4720mm×全幅1845mm×全高1460mmと、2代目クラウンに対してホイールベースを50mm、前後トレッドを160mm、全長を120mm、全幅を150mm拡大することによって、それまでの国産車にはない威風堂々とした外観と広い室内空間を実現。

 搭載されたエンジンは国内初のV型8気筒で、OHVの2.6リッターから最高出力115馬力を発揮。エンジンブロックとシリンダーヘッドがアルミ製とされるなど当時としては先進的な技術も導入され、軽量化と同時にスムーズな回転と高い静粛性を誇りました。

 また、トランスミッションは2速ATのみとされ(後に4速MTを追加)、パワーステアリング、クルーズコントロール、6ウェイパワーシート、前後三角窓を含むパワーウインドウ、電磁ロックドア、ハイ/ローも自動のオートライトなど、高級車ならではの装備がいち早く採用されていました。

 価格も165万円(東京価格)と、2代目クラウンのスタンダードモデルの2倍にあたる超高級車でした。

 その後、1967年に登場した初代センチュリーにバトンタッチするかたちで生産を終了。生産台数は3834台と高額だったにも関わらず比較的多く、かなり需要があったことがうかがえます。

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●スバル「スバル1000」

日本初の小型FF乗用車でスバル初の水平対向エンジンを搭載した「スバル1000」

 近年、スバルが提唱している「シンメトリカルAWD」は、水平対向エンジンと4WDを組み合わせたシステムですが、その基礎となったのが1966年に発売された「スバル1000」です。

 スバル1000は当初4ドアセダンのみのボディで、後に2ドアセダンとライトバンが加わりました。

 エンジンは同社初の1リッター水平対向4気筒OHVで、最高出力55馬力とスペック的には平凡でしたが、水平対向エンジンならではの低振動かつ低重心化が可能となり、さらに駆動方式はFFで、日本初のFF小型乗用車(登録車)でもありました。

 そのため、全長3930mm×全幅1480mm×全高1390mmとコンパクトなボディサイズながらFFの利点を活かし、クラスを超えた広い居住空間を実現。

 また、4輪独立懸架の採用や、フロントブレーキをホイール内ではなくエンジン側に配置したインボードブレーキとするなど、先進的な技術が盛り込まれ、わずか695kgと軽量な車体と相まって優れた乗り心地と高い走行性能を実現していました。

 その後、1996年にはスバル1000から派生した「ff-1」に移行し、さらにff-1の後継車「ff-1 1300G」のバンをベースに4WD車が試作され、現在まで続くシンメトリカルAWDの礎となりました。

※ ※ ※

 今回、紹介したクルマはどれも半世紀以上前に登場したモデルですが、技術面でもかなり先進的でした。

 とくにクラウンエイトの装備は現代に通じる部分が数多く見られ、スカイラインスポーツに至っては小型テレビを取り付けることができたといいます。

 当時としてはかなり浮世離れしたクルマたちですが、そうした技術の積み重ねが今日につながっているということでしょう。

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