クルマの先端にあるマスコットはなぜ必要? 高級車のシンボルのヒミツを探る
クルマのフロント先端に輝くマスコットは、いまや高級車を象徴するステイタスシンボルだが、もともとは機能パーツだった。マスコットの発祥とその歴史を解説する。
もとは機能パーツだったマスコット
現代においてはロールス・ロイスやベントレー、あるいはメルセデス・ベンツやマイバッハの「Sクラス」など、ごく一部の超高級車のみがエンジンフードの前端に掲げるマスコットは、第二次大戦前にはクラス・カテゴリーを問わず、あらゆるクルマに取り付けられていた。
第二次大戦後、乗用車のデザインが流線型やウェッジシェイプ化された後も、1980年代ごろまでは全世界のブランドで、とくに高級車では「フードマスコット」が必須アイテムと化していた。
これらのフードマスコット、あるいは「フードオーナメント」と呼ばれるアクセサリーは、もともと20世紀初頭にフロントエンジン+後輪駆動の「パナールシステム」が一般化し、エンジンを冷やすためのラジエーターが車両の前端に取り付けられるようになった結果として、誕生したものと思われる。
ラジエーター本体を保護するグリルシェルの上縁、もっとも目立つ位置に露出していた給水キャップに、ブランドないしはオーナーの個性を主張することを目的として、車両によっては水温計なども組み込まれたマスコットが設置されたのが由来とされている。
自動車のラジエーターの頂にマスコットが取り付けられるようになったのは、20世紀初頭のこと。当初は、注文主がそれぞれ好みのマスコットをお気に入りのアーティストに製作させて、自身の愛車に装着したという。
メーカーの純正装備としてのフードマスコットのパイオニアについては諸説あるようだが、一般的にいわれているのは高級車の象徴であるロールス・ロイスである。創成期の伝説的名作「40/50Hpシルヴァーゴースト」の大部分が「パルテノン神殿」とも愛称されるラジエーターの頂点に、翼を広げて屹立する精霊像「スピリット・オブ・エクスタシー(Spirit of Ecstasy)」を掲げたのが端緒とされる。
●R−R“スピリット・オブ・エクスタシー”が元祖?
この美しい女神像は、ロールス・ロイス社の広告イラストも手がけていた芸術家、チャールズ・サイクスの作品。ロールス・ロイス社の創始者であるチャールズ・ロールス卿およびクロード・ジョンソンとも旧知の仲であった「英国王立自動車クラブ(RAC)」初代会長、ジョン・ダグラス・スコット・モンタギュー卿が、自身のシルヴァーゴーストを注文する際に、友人であるサイクスに一品製作してもらったものが原型となったといわれている。
モデルとなったのは、公私ともにモンタギュー卿を支えた女性秘書。今なおロールス・ロイスの「ミューズ」として敬愛される、エレノア・ヴェラスコ・ソーントンだった。
いまからちょうど110年前となる1911年に、モンタギュー卿のシルヴァーゴーストとともに誕生したのち、早くも翌年にはすべてのロールス・ロイス車のラジエーターに据え付けられることになったこのマスコットは、ほどなく「フライングレディ」と呼ばれて世界中の尊敬と憧れの的となる。
1934年には、ひざまずいた姿勢をとる「スピリット・オブ・エクスタシー」が、同じくサイクスの作で登場。カスタマーの注文に応じて「フライングレディ」とともに選択可能とされたこちらは「ニールレディ(Kneel lady)」と呼ばれている。
ニールレディについてロールス・ロイス社の公式見解では、フロントフードの低いスポーティなボディに合わせて選択可能とした、とされている。しかし宗教的、あるいは道徳的な見地から、裸身の女性像を高貴な身分である乗員の眼前に置くのは好ましくないとする、顧客のリクエストがあったからとする説もあるようだ。
ところで開祖W.O.の時代、純然たるスポーツカー専業だった時代のベントレーは、ラジエーターキャップもレースでの使用に向けたクイックフィラー型が主流で、マスコットを置く事例はあまり多くなかった。
しかし、ロールス・ロイス「40/50HpファントムII」と同じマーケットを狙って開発され、1930年に投入された最高級車「8Litre」では、同じくチャールズ・サイクスに依頼した「Flying B(フライングB)」マスコットを初めて採用することとなる。これはロールス・ロイス社に買収される以前の話だが、1931年にR−R傘下となったのちにも、デザインを変えた「フライングB」が採用され続けることになる。
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