本当に公道を走って大丈夫? 1億円の飛べない宇宙船「アズテック」とは

1990年代に、まるでSF映画の劇中車のような姿そのままで、公道に解き放たれた「アズテック」とは、どのような経緯で生産されることになったのだろうか。

SF映画の劇中車のようなクルマ、「アズテック」とは

 母国イタリアのみならず、世界中の大手自動車メーカーからデザインワークを受託していた1980年代のイタルデザイン社は、その傍らで当時のイタリアにおいても、コンセプトカーの発表をもっとも積極的に展開するデザインスタジオのひとつと認識されていた。

日本にも2台が輸入されていることが確認しているアズテック。当時1億円というプライスであった
日本にも2台が輸入されていることが確認しているアズテック。当時1億円というプライスであった

 イタルデザイン創立から20周年を迎えた1988年、まだ自動車デザイン界における世界一の社交場だった時代のトリノ・ショーにて、イタルデザインにとっては重要な節目となる近未来的なコンセプトスタディ「Aztec(アズテック)」をワールドプレミアすることになった。

 ショーモデルのアズテックのボディは、アルミに加えてカーボンファイバー、ケブラーなどの新素材を併用。宇宙船を彷彿とさせるデザインのパネルがボディ後半部に配置され、ドア上部はガラスで仕立てたシースルーと、21世紀の現代の常識から見ても、極めて未来的なデザインとされた。

 簡易なソフトトップさえも持たない完全なオープンのコクピットは、左右が完全に仕切られ、それぞれシングルシーターのように仕立てられる。さらに運転席側にステアリングホイールが設けられるのはもちろんだが、助手席にもステアリングのように見えるアシストグリップを配置。一見したところでは、左右どちらがドライバーズシートか分からない、楽しいトリックも仕掛けられていた。

 この時のトリノ・ショーでは、アズテックに加えて、そのキャビンのすべてを3次曲面のポリカーボネイトで構成、前ヒンジで開閉するクーペバージョンの「Aspid(アスピド)」、ホイールベースを200mm延長し4ドアのモノフォルムボディが与えられた6シーターミニバンの「Asgard(アズガード)」も併せてショーデビューを果たした。

 そして、その3台のなかでももっとも露出の多かったアズテックは、単なるショーカーと見ていた世間の予想を覆し、極めて少数ながらシリーズ生産・販売されることとなったのだ。

●「機能と直結したデザイン」を具現化したフォルム

 トリノ・ショーで大きな反響を得たアズテックの生産化プロジェクトは、ショーと同時進行で開始したとされる。まずはジョルジェット・ジウジアーロ氏とともにイタルデザイン社を立ち上げた日本人実業家、宮川秀之氏が経営する「インパクト」社がアズテックの生産権を取得。

 スポンサーの獲得に乗り出した一方で、ドイツのチューニングカースペシャリスト、MTM(Motoren-Tecknik-Mayer)社に、シャシ用コンポーネンツの製作を依頼した。

 ボディパネルの製作は、第二次大戦前から主にフィアットをベースとする数々のフォーリ・セリエを製作し、1980年代後半にはランチア「デルタS4」のボディ製作も請け負っていたイタリア・トリノの老舗カロッツェリア「サヴィオ(SAVIO)」社が担当することになった。

 一方パワートレインについては、あくまで開発初期段階の話だが、V8エンジンを2基搭載し、300km/hを遥かに超える最高速をマークする超弩級スーパースポーツを目指したこともあったとされる。

 しかし、さすがにそれは非現実的と判断されたようで、市販バージョンでは最高出力250psまでスープアップされたアウディ「クワトロ20V」用の水冷直列5気筒ターボユニットを横置きミドシップに搭載。駆動系はランチア「デルタHFインテグラーレ」の4WDシステムを流用することになった。

 ところで、1988年トリノ・ショーのコンセプトカーおよび市販バージョンでも、リアタイヤは大部分を覆い隠すスパッツが取り付けられるが、デザインの初期段階ではフロントもタイヤと合わせて首を振るスパッツの採用が予定されており、実際にそうしたスケッチも残されている。

 しかし、当初から生産化の可能性も模索していたショーモデルのアズテック/アスピドともに、前輪は露出したコンベンショナルなスタイルにて製作されている。

 また、リアタイヤのスパッツ周辺に施されたグラフィックは、VW「ゴルフ」をベースとした4輪自動車ながら、4人の乗員がオートバイのごとくボディにまたがるスタイルで搭乗するという少々突飛なコンセプトのもとに、1986年に発表された「マキモト(MacchiMoto:自動車を意味するMacchina+オートバイを意味するMotoを合わせた造語)」で試行された「メカニズムを外装デザインに取り込む」という方法論から発展したものと解説されている。

 ブレーキオイル量にエンジンオイル量、冷却水量など、車両のコンディションを伝えるコントロールパネルがデザインの一部として強調されるほか、ボディサイドには車両状況を確認する際、コントロールパネルに入力するコードが直接ボディに描かれるのも、アイキャッチとして大きな特徴。

 その隣にある収納スペースには、油圧ジャッキや12Vの外部出力端子、懐中電灯、タイヤのエア注入に使用する電動コンプレッサー、あるいは消火器に電動ドライバーまで装備されているなど、当時のジウジアーロのフィロソフィである「機能をデザインと直結させる」を見事に体現したものであった。

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