日産最小SUV! 新型「マグナイト」2021年初頭に発売へ! 日産エントリーSUVは大旋風を巻き起こす?
スズキはインド市場進出以降どのような歴史を重ねてきた?
正解は【1】の「インド政府が国民車構想を打ち立てた」です。
当時、国民車構想を描き、合弁企業の相手を探していたインド政府とスズキが手を組むことになり、スズキは1982年4月にインド国営企業マルチ・ウドヨグ社とスズキ四輪車の合弁生産について基本合意。
その後、同年10月にマルチ・ウドヨグ社とスズキ四輪車の生産、販売に関する契約に正式調印します。
そして、1983年12月にマルチ・ウドヨグ社で、5代目「フロンテ」をベースに開発された「マルチ800」の生産が開始され、ベストセラーとなりました。
以来、インドの経済成長に伴う需要拡大に合わせて生産台数と車種が拡大されたほか、2002年にスズキの出資比率が過半数を突破し子会社化。
2006年にはインド政府から離れて完全民営化され、2007年にマルチ・ウドヨグ社(マルチ・ウドヨグ・リミテッド)からマルチ・スズキ(マルチ・スズキ・インディア・リミテッド)に社名を変更しました。
2018年に、マルチ・スズキは前身となるマルチ・ウドヨグ社からの累計生産台数が2000万台を突破したことを発表。
スズキにとって2000万台の達成は、お膝元である日本に次いで2か国目です。そのうえ、1983年12月の生産開始から34年5か月での達成は、日本の45年9か月を抜いて最速だといいます。
2000万台の内訳を見ると、当時のインドでの生産台数トップ5は、1位がアルト(317万台)で、以下マルチ800(291万台)、ワゴンR(213万台)、「オムニ」(194万台)、スイフト(194万台)と続きます。
ちなみに2000万台目を記録したクルマは、グジャラート工場で生産されたスイフトだったそうです。
※クイズの出典元:くるまマイスター検定
<
スズキなんかに比べてスピード感不足。
それと、日産ブランドとダットサンブランドのすみ分けもようわからん。
日産最小SUVコンパクト、マグナイトがインドで発表した。日本にでも受け入れやすいクルマで、何かダットサン風のフロントグリルがスポーティーなハニカムタイプに変身。