打倒スカイラインを誓ったスープラが熱かった! パワー競争を戦った車5選
かつて、日本の自動車市場では280馬力を上限とする馬力規制がありました。きっかけとなったのはメーカー間で勃発したパワー競争です。そこで、このパワー競争を戦ったスポーツモデル5車種をピックアップして紹介します。
1980年代に勃発したパワー競争を戦った名車たち
国内の自動車市場では2004年まで馬力規制がありました。1989年から280馬力を上限とし、各メーカーは従うことになります。
一方で、馬力規制が始まる前の1980年代初頭には、メーカー間による馬力競争が始まります。とくにターボ車の登場によって、飛躍的にエンジン性能が向上していきます。
そこで、この馬力競争のなかで誕生したスポーツモデル5車種をピックアップして紹介します。
●トヨタ「スープラ」1986年発売
1978年にデビューした初代トヨタ「セリカXX」は、2.6リッター直列6気筒エンジンを搭載した北米市場を意識したクルマでした。
2代目は直線基調のボディに「ソアラ」と同じ2.8リッター直列6気筒DOHCエンジンを搭載。
しかし、3リッターV型6気筒ターボエンジンを搭載し、230馬力(グロス)を誇る3代目「フェアレディZ」には動力性能では及びませんでした。
そこで、1986年にセリカXXから輸出名と同じ「スープラ」に車名変更を伴うモデルチェンジをおこない、最高出力230馬力(ネット)を発揮する3リッター直列6気筒DOHCターボエンジンを搭載する「スープラ3.0GT」が登場。
ロングノーズのスタイリッシュな3ドアクーペで、低速トルクも大きく市街地でも快適に走れるなど、スポーティかつオールマイティなモデルでした。
市販車をベースとした「グループA」カテゴリーの全日本ツーリングカー選手権にも参戦するなど、高性能をアピールし、若いファンを獲得します。
なお、1990年に登場した「2.5GTツインターボ」は、トヨタ初となる280馬力を達成しました。
●マツダ「サバンナRX-7」1985年発売
2代目となるマツダ「サバンナRX-7」は1985年にデビューしました。
初代から大きく進化したシャシに、185馬力(ネット)を発揮する1.3リッター2ローターターボエンジン搭載。
ロータリーエンジンならではのスムーズな加速感と、マルチリンク・リアサスペンションで、軽快にカーブを駆け抜ける正統派のスポーツカーに仕立てられていました。
また、日本車初の対向4ピストン・アルミブレーキキャリパーの採用や、フロントのホイールハブまでアルミ化するなど、速さに見合う装備を搭載。
フォルムはポルシェ「944」に似ていると評されましたが、若者が憧れるスポーツカーとして高い人気となります。
1989年のマイナーチェンジでは、ロータリーエンジンの要ともいえるシール類の改良などでスロットルレスポンスを大幅に向上させ、最高出力は205馬力(ネット)まで向上しています。
●日産「スカイライン」1985年発売
通算7代目となる「R31型 スカイライン」は1985年に発売され、「セブンス」の愛称で呼ばれました。
このモデルでは「KPGC110型 スカイラインGT-R(通称:ケンメリGT-R)」以来の直列6気筒DOHCエンジンを搭載し、大いに話題となります。
発売当初は、4ドアハードトップと4ドアセダンのボディでしたが、1986年には2ドアクーペの「GTS」シリーズが追加されました。
そして、1987年のマイナーチェンジを機に、グループAレースの公認用モデルとして「GTS-R」が800台限定で発売。
搭載された「RB20DET-R型」2リッター直列6気筒DOHCターボエンジンは、専用タービンを装着するなどチューニングが施され、最高出力210馬力(ネット)を発揮しました。
また、グループAレースではエアロパーツなどの追加ができないため、フロントに固定式スポイラーと、リアに大型のスポイラーが装備されていました。
日産はGTS-Rをベースにしたマシンで全日本ツーリングカー選手権を戦い、1989年にはシリーズタイトルを獲得します。
なお、この翌年から「スカイラインGT-R」で参戦し、無敵を誇ることになり、全日本ツーリングカー選手権消滅のきっかけとなりました。
3.0GTスープラはM型エンジンの設計の古さが厄して初代XXの4M-EUと大して変わらなかったけどね
R31GTS-Rは初期のRB20DETの熟成の遅れが厄した手遅れなエンジンにカンフル剤とでも言うべきか?
結局はローレルに初めて搭載されたRB20Eが最高の完成度で無駄にツインカム化したことが仇になったのだろうね
たかだか2000の6気筒に大きなタービンなんて赤ん坊に風車を回せと言ってるのと同じで、こんな時代から仕事量で車を売りにする創造が欠けていたと熟思わされるね