半世紀に渡るトヨタ「クラウン」歴代モデルには失敗作もあった!? 印象に残るのはどのモデル?
日本を代表するクルマのひとつであるトヨタ「クラウン」。1955年の発売から半世紀以上の歴史を持つクラウンは、15代にも及びます。今回は歴代15代のクラウンの中から、特徴的なモデルをピックアップして紹介します。
高級セダンとして歩みを進めるトヨタ「クラウン」
日本を代表するクルマのひとつであるトヨタ「クラウン」は、1955年の発売から半世紀以上の歴史を持ち、15世代にも及びます。
今回は歴代15代のクラウンのなかから、特徴的なモデルをピックアップして紹介します。
●初代クラウン
1950年代当時、国内の自動車メーカーは海外メーカーと協力してクルマの製造をおこなっていましたが、トヨタは海外メーカーに頼らず独自の技術で製造することを目指していました。
そんななか、1955年に発売された初代クラウンは、開発に3年もの期間をかけてトヨタの独自技術で作られた純国産車です。
デザインは、同時期のアメリカ車のテイストを取り入れ、観音開きのドアが特徴的でした。
耐久性のテストでは、「ロンドン・東京5万キロドライブ」を完走し、クラウンの丈夫さを証明するとともに、トヨタの技術力を世界にアピールする結果となりました。
初代クラウンは、当時の年間平均所得の約12倍という高い価格設定ながら、タクシーやハイヤーといった商用利用としてだけではなく、裕福な一般家庭の乗用車としても人気を得ました。
●3代目クラウン
2代目クラウンが商用車や公用車として使われているのに対して、1967年に発売された3代目クラウンは、一般ユーザーをターゲットに開発されました。
「高速長距離セダン」をテーマに開発された3代目クラウンは、一般ユーザーを獲得するために、自家用車のなかでも人気の高い白をボディカラーに取り入れました。
それまで黒が定番カラーだったクラウンですが、白いクラウンのおかげで新たに自家用車としてのイメージが定着し、一般ユーザーの憧れのクルマとなったのです。
「日本の美」をテーマにした3代目クラウンは、低い重心と長い全長のデザインとし、世界で初めて「ペリメーターフレーム」を採用。その後20年以上にわたり、ペリメーターフレームはクラウンに採用され続けました。
●4代目クラウン
3代目までは正式名称が「トヨペット・クラウン」でしたが、4代目からトヨペットがなくなり「クラウン」という名称が採用されました。
1971年に発売された4代目クラウンは、フロントに「スピンドルシェイプ」を採用した特徴的なデザインとなり、「クジラ」と呼ばれます。この斬新すぎるデザインが、保守的な一般ユーザーや法人ユーザーなどから不評を買ってしまいました。
また、スピンドルシェイプによってエンジンルームへの通風が足りず、オーバーヒートが続発するなどのトラブルが相次いで出たことから、同時期に発売された日産「セドリック/グロリア」に販売台数で逆転され、「クラウン史上最大の失敗作」といわれることも少なくありません。
クラウンがおかしくなりはじたのはマジェスタの登場からだろ
ロイヤルはフレーム構造を継続してマジェスタはモノコックを採用するも妙にセルシオを越えてはならないかの暗示にかかった設計の甘さ、これに追い討ちをかけるかのように次世代ではロイヤルはマークⅡとプラットフォームを共用、単にクラウンと言うだけで価格の高いマークⅡ兄弟の仲間入りをしただけの車だった。