「交通安全祈願」なぜはじまった? きっかけは「1世紀前」から!? 「車のお祓い」ルーツとは
新年の始まりや、新車を購入時におこなうことが定番となった「交通安全祈願」。そのルーツは、1908年に開催された日本初の「遠乗会」や「谷保天満宮」にあるようです。
2026年も「無事故・無違反」でいきましょう!
人生に移動の自由やワクワクをくれるクルマは、一方では“走る凶器”と表現されることもあります。
一瞬の不注意や過信が引き金となる交通事故は、それに関わるすべての人を不幸にしてしまいます。
そしてお正月の初詣では、平穏で健やかな1年を願うとともに「交通安全祈願」をするという方も少なくないはずです。
また新車購入時などに祈願をおこなう人も多いほか、日本全国にはクルマやバイクにまつわる神社も点在しています。
そもそも交通安全祈願のルーツとは、いったいどこにあるのでしょうか。
その答えは、1908年(明治41年)に開催された日本初の「遠乗会」や、その時に昼食会が催された東京都国立市の「谷保天満宮(やぼてんまんぐう)」にあるようです。
![車のご祈祷には長い歴史があった![画像はイメージです/Photo:本ちゃん/PIXTA(ピクスタ)]](https://kuruma-news.jp/wp-content/uploads/2027/02/20260209_kitoh_pixta_101380963_L.jpg?v=1770606124)
1908年8月1日、皇族である有栖川宮威仁(たけひと)親王殿下のお声がけにより、日本初の「遠乗会」、今で言うドライブツアーが開催されました。
1908年といえば、クルマの大衆化を牽引することになる「T型フォード」の登場と重なります。
日本では、その前年に初の国産ガソリン車「タクリー号」が誕生したばかりで、クルマはごく少数しか存在しない、超最先端の乗り物でした。
人々の注目を集めた遠乗会では、11台ほどの車両が日比谷公園に集結。殿下のダラック号を先頭に、タクリー号やフォード号、ハンバー号などが車列を形成したそうです
走行ルートは、日比谷公園を出発して甲州街道を西へと走り、“道の果て”である立川で引き返し、「谷保天満宮」(東京都国立市)に立ち寄ってから帰還するというもの。
当時の甲州街道には多摩川に架かる橋は無く、立川が“道の果て”という位置付けだったそうです。
そして、殿下一行は事故や故障に見舞われることもなく、無事に帰還。そのことから、「交通安全祈願」のルーツとされているのです。
中央道「国立府中IC」から約3分の位置にある谷保天満宮には、愛車とともにお参りできる「車祓所」が設置されていて、朝10時から午後4時まで祈祷を受け付けています。
ただし初詣で混み合う年始は実施しておらず、成人式翌日の1月13日から受付を再開しています。
ご祈祷の玉串料は、5000円~+“お気持ち”。予約は不要ですが、「天気の良い日にお越しください」とのことでした。
また、交通安全ステッカー(初穂料500円)や交通安全キーホルダー(同1000円)、交通安全絵馬(同800円)なども用意されています。
境内には「有栖川威仁親王殿下台臨記念」の石碑があるので、「遠乗会」が開催された当時に想いを馳せてみるのも一興です。
ちなみに毎年12月には、戦前や昭和のクラシックカーが境内に集う、「旧車祭」が開催されています。
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新年を迎え、はや1か月。冬晴れの休日に、ピカピカに磨いた愛車とともに谷保天満宮を訪れて、1年の安全を祈願してみるのも悪くないでしょう。
Writer: のぐち まさひろ
ゴルフとサウナと愛犬のチョコをこよなく愛するライター&ディレクター。20年ほど従事したクルマ系メディアの編集者からフリーランスになり、これから何をしていこうか色々と妄想中。SAJスキー検定1級/国内A級ライセンス/サウナスパ健康アドバイザー所持。ホームコースは「南総カントリークラブ」で、オフィシャルハンデは「7.1」。























































