山本昌と安東弘樹にとってクルマとはどんな存在? 2人が語るクルマとの出会いやドライブの魅力とは【PR】

クルマは自分にとって人生の一部。そう語るのは元中日ドラゴンズの山本昌さんと、元TBSアナウンサーの安東弘樹さん。そんなお二人に、クルマとの出会いやクルマにまつわるエピソードを語ってもらうという、夢のような企画が実現しました。

クルマは単なる移動手段? これを読めばもっとクルマが好きになる!

 あなたにとってクルマとはどんな存在でしょうか。通勤のための移動手段、買い物へ行くためのアシ、仕事のための道具、趣味を楽しむための相棒…。人によって様々な用途があるクルマですが、時には自分の人生を変えてしまうほどの大きな存在となることもあります。

ランボルギーニ ミウラ(左)とロータス エリーゼ(右)

 今回は、まさにそんな「クルマが人生の一部」となったお二人の夢の対談が実現しました。

 一人目は、元中日ドラゴンズの投手であり、球界のレジェンド的存在。そして大のクルマ好きとしても知られている「山本昌(やまもとまさ)」氏。そして二人目は、元TBSアナウンサーとして数々の番組を担当し、今でもフリーアナウンサーであると共に、日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員でもある「安東弘樹(あんどうひろき)」氏。

 もはや、クルマ好きの枠を超えた、2人のクルマにまつわる数々のエピソードをお届けします。

コロナ禍におけるクルマ移動の優位性と、2人が感じた生活の変化について

元中日ドラゴンズの山本昌さん(左)と、元TBSアナウンサーの安東弘樹さん(右)

安東さん「山本さん初めまして! 山本さんといえばクルマ好き以外の人にも有名で、もはや伝説的な存在ですよね。そんな人とこうやってクルマの話ができるなんて光栄です!」

山本さん「いえいえとんでもない…。僕はクルマ好きを通り越してクルマ馬鹿だから、安東さんのことも実は色々な所で見る機会がありますよ。だから、今回はこんな素敵な企画が実現して本当に嬉しいです。

 ところで、世間はコロナウイルスのせいでとても大変な状況ですよね。仲間との食事も控えなきゃいけないし、好きに出かけることもしづらい。公共交通機関を使えば色々な人と接触することになるし…。だから、こんな時こそクルマ移動の優位性を見直す時だと思うんですよね。」

安東さん「本当にそうですよね。たとえば僕は今日クルマでここまで来てますけど、家からここまで2人の人としか会ってないですもん。途中に寄ったパーキングのトイレで2人すれ違ったくらいです(笑) これ公共交通機関で来ていたら相当な人と接触しているはずですよね。」

山本さん「そうですよね。出発するところから目的地までダイレクトで行けるのはクルマならではの魅力だと思います。だけど、僕にとってのクルマ移動の魅力ってそれだけじゃなくて、運転しているあいだはずっと楽しいってことだったりもするんです。」

安東さん「いやー本当にそうです! クルマで移動している時はずーーっと楽しいですもん(笑)」

ランボルギーニ ミウラのコックピット

山本さん「僕ね、趣味のクルマにオーディオつけた事ないんですよ。初めて買ったフェラーリがテスタロッサだったんですが、オーディオのスイッチを入れた事ない。その後もF512MやF355、F40とか趣味のクルマを何台か乗り継ぎましたけど…つけないですね。」

安東さん「エキゾーストの音とか、エンジンのメカニカルな音を聞いているって事ですよね。本当に鏡ですよ。クルマ好きの鏡です(笑) クルマとの対話を楽しむという事ですよね。」

山本さん「実は一度だけ九死に一生を得たことがあるんです。高速に乗っている時にほんの小さなバイブレーションを感じたことがあって。『あれっ、おかしいな』と思って路肩に寄って速度を30キロくらいまで下げたんです。そしたらその瞬間にリアタイヤがバーストして飛んでいって、リアがホイールだけになったんです。

あの時、オーディオをガンガン聞いててバイブレーションに気づかずに、100キロで走っている時にバーストしてたら今頃ここに居られなかったかもしれませんよ。」

安東さん「クルマが出す小さなサインに気づけたのも、常日頃からクルマとの対話をしているおかげだったんですね…。」

コロナ禍で変わってしまった生活と、今どうするべきかについて

クルマ好き同士だからいつまでも話が尽きない!

安東さん「僕はアナウンサーをやらせてもらっているので、大きいイベントが軒並み無くなって仕事はガクンと減りました。ただ、それに伴ってオンラインのイベントが増えてきて、リモート司会というのもやったことがあります。そんなこともあって、生活のスタイルが本当に変化してきているなと感じてます。」

山本さん「僕の場合はやっぱり野球関連の仕事で大きく変わったかなぁ。野球解説者やスポーツコメンテーターをやらせてもらってるから、野球の開幕も遅れてスポーツも軒並みできなくなって仕事も減りましたし、色々な場所への取材でも規制があったりして、普段の生活からは大きく変わりましたよね。」

安東さん「本当ですね。このコロナ禍が収束したらクルマでいっぱい色んなところに観光に行きたいし、各地の美味しいものをたくさん食べたいと思ってます。ですから、今は我慢してコロナ収束後に飲食や観光の為にたくさん出かけたいなと思います。」

山本さん「分かります。私達よりも大変な人はたくさん居るはずですし、苦しんでいる人もたくさん居ますから、1日でも早くこの状況を終わらせる為に、ひとりひとりが力を合わせるべき時だと思いますね。」

子供の頃から車好き! 2人がクルマに興味を持ったキッカケについて

お互い小さい頃からクルマが大好き。子供の頃のアニメやブームが原因だった!?

安東さん「僕は父親が好きだったということもあって、気づいた時にはクルマ好きになっていましたね。たとえばウルトラマンを見ていると、多くの子供はウルトラマン自体を見るじゃないですか。でも僕は科学特捜隊とかウルトラ警備隊とかのクルマを見ちゃうんですよね。」

山本さん「ポインターとかですね?」

安東弘樹さんの愛車はロータス エリーゼ 軽量な車体でクルマ本来のファンドライブが楽しめる

安東さん「そうそうポインターです(笑) あと、帰ってきたウルトラマンではコスモスポーツのマット ビハイクルも出てきて、それを食い入るように見てましたね。そこからずーっとクルマ好きで、持っているおもちゃも全部クルマでした。

 そして当時1年間だけ広島に住んでいたんですけど、旅がしたくて足漕ぎ車で遠くに出かけちゃって。広島だから路面電車が走っていて、その線路に脱輪して出られなくなっちゃって、おまわりさんに保護されるという苦い思い出もあったりします(笑)」

山本さん「スタックしちゃったんですね! もう50年以上前のことだから時効になるかな?(笑) ちなみに僕がクルマ好きになったキッカケは、やっぱりスーパーカーブームの影響が大きいですね。それで、当時から一番好きだったクルマがランボルギーニのミウラなんですよ。ミウラの絵をノートの切れ端によく書いてたりしてたなぁ。

 それで1988年ごろから野球で活躍できるようになったんですが、最初は給料もあまり良くなくて、初めて買ったクルマはライムグリーン色の日産シルビアでした。でも、あのクルマのおかげでクルマがさらに好きになったという感じは今でもあって、いい個体があれば今でも買い戻したいと思ってるくらいですよ。

山本昌さんの愛車はランボルギーニ ミウラ 購入時から奇跡のコンディションを維持し続けている

 その頃はシルビアに乗りながら『1億円プレイヤーになったらフェラーリを買うぞ!』と心に決めていて、遠征に行ったらスーパーカーが載ってる輸入車の雑誌を全部買うんですよ。買えもしないのに相場を見て『テスタロッサ高いなー』なんて調べてました。そこから5年くらいで1億円プレイヤーになれて、晴れてフェラーリのテスタロッサをディーラーで注文しましたね。」

安東さん「うわー…ロマンですね! フェラーリを買うという目標が野球で成績を残すことの原動力にもなっていた訳ですね。 僕が一番初めに買ったクルマはシティターボIIというクルマで、FFのドッカンターボだったんですよ。それで峠とかを走りに行ったりして、さらにクルマが好きになりましたよね。」

山本さん「シティターボIIってブルドッグだよね? 最初に乗ったクルマによってもクルマ好きになるかどうかって変わってくる気もしますね。」

安東さん「ブルドッグという愛称がパッと出てくるあたりホンモノの車好きですね!(笑) ほんと、クルマとの出会いによってその後の人生が変わることがあるから面白いです。ただの乗り物じゃないなーと常々思ってますよ。」

クルマに乗っている時に起こった面白い思い出について

ランボルギーニ ミウラのエンジンは自然吸気のV型12気筒 「始動にはちょっとした儀式が必要」と言う山本さんだが、一発でエンジンを始動させていた

山本さん「岐阜県でドライブをしていた時に、道路でカメラマンさん達が空に向かってカメラを構えているという時があったんですよ。何十人もいるから『何してるのかなー』って思いながら走っていると、道路の脇にある橋桁にとんでもなく大きな鳥が居たんです。『うわー』と思って窓を開けたら鳥も羽を広げて、2メーターくらいあったんじゃないかな。

 後で聞いた話ですけど、天然記念物の大鷹がその辺りで巣を作っていて、そこがまさに僕が走っているあたりだったんですね。クルマに乗っていたからこそ起こった奇跡だと僕は思ってますね。」

山本さんは「ミウラは世界一カッコいいクルマだ!」と話していた

安東さん「僕は、東京から宮崎までオペルのカリブラターボっていう左ハンドルでマニュアルのクルマで行ったことがあったんですけど、14時間かけてほぼノンストップでシーガイアまで行ったんです。当時付き合っていた彼女はクルマで宮崎まで行くことにビックリしてたんですが、距離を走るにつれて『楽しい〜!』なんて興奮しちゃって。

 僕としては嫌がるかなって思ったんですけど、当時の彼女は『また行きたいね』って言ったんです。だから、クルマって長距離を乗っても楽しいものなんだって再確認しましたよね。」

山本さん「この話も20年以上前の事だから記事になっても問題ないよね?(笑)」

安東さん「大丈夫です。この話も時効ですよ(笑)」

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