トヨタの強みは何なのか? 「挑戦すること、失敗を恐れない、現場で判断する」 豊田章男氏の「モリゾウ軸」で見る変革と挑戦とは

もう1つは「挑戦すること」、「失敗を恐れない」、そして…。 佐藤社長や中嶋副社長もエンジニア時代に体験したコトとは

 もう1つは「挑戦すること」、「失敗を恐れない」、そして「現場で判断する」でしょう。それに関しては新執行チームの面々もエンジニア時代にリアルに体感している事です。

 まずは佐藤社長がレクサス「LC」のチーフエンジニアだった頃の話です。

 このモデルは「コンセプトカーの量産化」と言う難題プロジェクトでした。佐藤氏は自らレイアウト図を作成するも、あのデザインとトヨタが持つリソーセスでは法規を満たさないどころか、そもそもクルマにならなかったと言います。

 ガッカリした佐藤氏は豊田氏に「せっかくCEにしていただきましたが、このクルマはできません」と伝えると、豊田氏は「今のトヨタではできない事は分かっている。だからやるんだよ。できないからやる、それが“挑戦”なんだよね。そのためには、まず自分を変える所からじゃないの??」と言われました。

 そこで佐藤氏はプラットフォームを含む主要構成部品を新規開発して市販化に漕ぎつけました。実はLCの車名には「レクサス・チャレンジ」の意味が込められていたのです。

 もう1つは中嶋裕樹副社長兼CTOがトヨタ「iQ」のチーフエンジニア時代の話です。

 iQは3mを切る全長で4人乗りのパッケージを成り立たせると言う革新的モデルでした。

「トヨタとしてはかなりチャレンジングなクルマだったので、応援する人ばかりではなく足元をすくおうとする人もいたのも事実です。ただ、ある日に章男さんがフラッとやってきて『乗せてほしい』と言うので、一通り説明をして本社のテストコースで乗ってもらいました。その間、何も喋らずにずっと走っていましたが、試乗後に僕の名札を見て、『君、中嶋クンっていうの? えーもんを作った者が勝ちだぞ』と一言だけ……。その後確実に変わったのは、このプロジェクトに対して皆が前向きになった事でした」と。

 恐らく、豊田氏の「えーもん」の意味は、エンジニアは内部の抗争や上の意見など気にせずに「とにかく技術で勝負しなさい」と言うエールだったはず。中嶋氏はそれを信じて自分のポリシーを曲げずに貫き通して市販化にこぎつけたと言います。

トヨタの社長となった佐藤恒治氏。エンジニア時代のエピソードとは?(撮影:編集部)
トヨタの社長となった佐藤恒治氏。エンジニア時代のエピソードとは?(撮影:編集部)

 直近の話だと、2025年7月26-27日にオートポリスで行なわれたスーパー耐久シリーズに1月の東京オートサロン2025で発表された開発車両「GRヤリスMコンセプト」が参戦予定でしたが、直前に参戦延期が発表されました。

 トヨタにとってミドシップ4WDの量産車開発は未知への挑戦であり、予定通りに進まない事は筆者も重々承知していますが、ここでのポイントは「参戦延期の判断を誰がしたのか?」にありました。

 中嶋氏は「色々と説明する必要あると思って意気揚々と準備をしていると、メールで『参戦を延期します、以上』と連絡がありました。正直言うと『えっ、そうなの?』と言う感じです。『そんな事聞いてないぞ』と言おうと思いましたが、現場でしっかりとアンドンが引かれた事に対して、心の中では『お前ら、ようやった』と思いました」と教えてくれました。

 一方、豊田氏も「そもそも『公開開発』ですから何が起こるか解らない、それも含めてのリアルストーリーなんです」と笑顔で教えてくれました。

東京オートサロン2025で発表された開発車両「GRヤリスMコンセプト」。 今後はスーパー耐久岡山での参戦が予定されている。(撮影:編集部)

 このようにモリゾウ軸は外から見ていても非常にストレートで解りやすいモノなので、それがしっかりと伝わっている人は社内にたくさんいますが、残念ながら時折そうではない人が出てくるのも事実です。

 例えば、レース/イベントの合間に豊田氏は何をしているかと言うと“通常業務”です。

 そのため、バックヤードには分刻みでひっ切り無しにやってくる社員の姿を数多く見かけます。モリゾウ軸で言えば「決裁ではなく相談」をしに来ています。

 相談に来るほとんどの社員は豊田氏と同じく「自分以外の誰かために」、「何とかモリゾウに迫りたい」と思って相談に来ていますが、「豊田氏の言葉が100%正しい」と自分で考える事から逃げるために来る人、逆に相談ではなく自分の主張を押し通すための“お墨付き”をもらいに来る人もいます。

 そういう人はたいていレースなど無関心で、自分の用事が済むとレースには目もくれずドロン。ピットを長年取材していると、「あっ、この人違うな」とすぐに解ってしまいます。

 これは良い人は現場で黙々とやっているので外からは目立たないのに対して、悪い人が目立ってしまう、要するにサイレントマジョリティは見えにくい原理と同じでしょう。

 その人たちは豊田氏を利用しているだけで、それは決してモリゾウ軸とは呼べません。その結果、現場では豊田氏が知らず知らずのうちに悪者扱いされてしまうと言う悪循環。

 ただ、残念なのは当の本人には悪気がなく、モリゾウ軸を理解した“つもり”で使った事が問題になってしまう事も。

レースの現場ではトヨタ関係者だけでなく、子供も相談にくる!? この子は「自分の学校にも水素授業をして欲しい」と豊田氏にお願いし、10月に実施予定(撮影:編集部)

 これは筆者の推測ですが、これは「自分以外の誰かのために」と常に考えながら動く豊田氏と、「どうしても最後は自分のために」と考えて行動する人との“物差し”の違いが原因だと考えます。

 そもそも生まれ育って来た環境が違うので仕方ない部分ですが、その物差しが“違う”と言う事を理解しながらも、少しでも近づけるために豊田氏に真正面からぶつかって学ぶこともモリゾウ軸だと思います。

 ちなみにモリゾウ軸を良く理解する現場のエンジニアに聞いてみると、「何もしないで怒られるくらいならば、行動して怒られたほうがスッキリします」と教えてくれました。

 実際に中嶋氏もこのように語っています。

「僕なんか会長に常に怒られてばかりですが、そういう時は『じゃあ、教えてください』と改めて行って話をすると、別になんてことない事ばかりです。

 一度怒られた、一度厳しい事を言われたからと言ってコソコソと陰で進めたり、話を先送りする事のほうがダメです。

 私も会長にアドバイスを聞いて『おっ、これイケるな』と思ったら参考にしますし、『これは合わないな』と思ったら右から左に流します。

 ただ、間違いなく僕らよりも色々な経験をしていますのでとにかく話はシッカリと聞くようにしています。

 ただ、『聞く』のと『取り入れる』は全く別な話で、そこには技術屋としてのトヨタらしい“魂”や“強情さ”は必要だと僕は考えます。

 ただ、残念ながらそこは今のエンジニアの脆弱な部分なので、もっと鍛え直すべき所だと認識しています。

 実は会長にも『思ってもいないのに、白い巨塔の番頭のような形で“御意”なんて言っていたら、周りは本当信用しなくなるよ。たまには僕を無視したり、『違いませんか?』と言う姿見せた方が信用されるよ』と教えてくれました(笑)」。

トヨタ中嶋副社長が語る「モリゾウ軸」とは?(撮影:編集部)

 これらから解るように、モリゾウ軸には明確な答えはありません。

 ただ、確実に言える事は、豊田氏のこれまでトヨタを変えてきた行動/所作/言動を知り、自分が仕事と向き合う時の「道しるべ」として活用し、現状に満足せずに「もっと良いモノを」と言う変革を常に追求する姿勢が大事だと言う事です。

 ちなみに豊田氏はそれを今も一番忠実にやっている一人でしょう(笑)。

 モリゾウ軸を勘違いしている人は襟を正し、モリゾウ軸をしっかり実践している人はサイレントではなく声をシッカリ出すべきです(豊田氏も「僕の所作で感じた事は、周りにも言ってください」と語っています)。

 そして、そのような想いを持つ人材が増えることこそが、トヨタの経営理念「幸せの量産」に繋がると筆者は信じています。

【画像】モリゾウ自身が世界の道で鍛え上げる「GRヤリス」の画像を見る!(10枚)

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Writer: 山本シンヤ

自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車メディアの世界に転職。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の想いを伝えるために「自動車研究家」を名乗って活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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