59年の歴史に幕! 銀座ビル街を抜ける“無料高速”「KK線」廃止 「新幹線並走」「周囲ネオンサイン」の景色も見納め… 今後は「歩行者空間」として再生へ
東京の銀座を通る高速道路「東京高速道路」が廃止されました。最後に閉鎖される「西銀座料金所」はどのような様子だったのでしょうか。
銀座を走る“無料高速“KK線 ついに廃止
2025年4月5日、東京都心の高速道路「東京高速道路」が20時をもって廃止されました。
1966年の全線開通から59年、銀座や新橋などを通り、都心の道路網の一端を担ってきた道路がその歴史に幕を閉じます。

東京高速道路(通称:KK線、会社線とも)は戦後、銀座の復興と渋滞緩和を目的に、銀座周辺の外堀、汐留川、京橋川を埋め立てた、全長約2kmの高速道路です。
1966年に蓬莱橋~新京橋間の全線が開通。1973年には首都高八重洲線と接続し現在の形となりました。
前後を八重洲線に挟まれているため、首都高の1路線としてみなされることもありますが別の運営主体であり、さらに首都高とも違って、通行料金は無料です。
これは道路をテナントが入る高架で建設しており、「銀座インズ」「銀座コリドー」など道路下のテナント収入によって運営されているためです。
途中、新橋出入口、土橋入口、西銀座入口、新京橋出口、東銀座出口があり、東京都心のビル街や、ネオンサインが目をひく銀座の繁華街をクネクネと抜けていきます。
銀座の中心部に直通できることから、金曜日の夜や月末は繁華街に行くサラリーマンを乗せたタクシーの通行も多くみられます。
また土橋と西銀座の間はJRの線路に非常に近く、山手線や京浜東北線などの路線と並走するほか、時折新幹線も通過するなど、まるで絵に書いたような「都心の風景」を味わえるとして、ドライブスポットとしても人気です。
そして今回、ついにその役目を終えることとなりました。理由は、日本橋周辺の首都高都心環状線の地下化プロジェクトの進行と、これに伴い整備する「新京橋連絡路」が存在するためです。
大規模な再開発と都心環状線のリニューアルがいちどに実施される日本橋エリアですが、リニューアル後は地下化されます。
これに伴って、都心環状線のほか上野線や向島線とつなぐ江戸橋JCTのランプも一時廃止となりますが、そうすると都心環状線の“環っか”の機能が失われるため、もともとの八重洲線と都心環状線を新たにつないで環状機能を保つのが、新京橋連絡路です。
新京橋連絡路は、西銀座JCT付近から都心環状線の京橋JCT付近を結ぶ地下の新ルートで、KK線とはルートが重複。KK線は役割が低下するため、廃止されることになったのです。この大工事にともない、八重洲線も10年間の長期通行止めになります。
東京高速道路は「約60年の長きにわたり、自動車専用の道路として多くの皆さまにご利用いただき誠にありがとうございました」としています。
前日の4日金曜日夜ごろからは、タクシーやハイヤーに混じり、最後に乗っておこうとするドライブ好きの姿もありましたが、廃止日当日も「乗り納め」したいクルマなどで混雑しています。
廃止予定時刻が近づくにつれ、土橋入口などでは写真に収めようとする人の姿も見られ、さらに交通量も徐々に増えてきました。
20時になると、KK線の各入口は順次閉鎖が実施されており、八重洲線から接続する汐留JCTと神田橋JCT、京橋JCTを残すところになりました。それでもラストランをしようとするクルマは後を絶ちません。
21時30分ころからは、いよいよ本線の閉鎖が実施されました。汐留JCT、神田橋JCT、京橋JCTの封鎖を行った道路パトロールカーが現れ、一般利用車の姿は見えなくなりました。
22時、最後まで残った西銀座料金所の2つのレーン表示が、「ETC/一般」「ETC専用」からゆっくりと「閉鎖中」に切り替わりました。料金所の電気も消え、これをもって高速道路としての役割を終えます。
KK線廃止後、残された高架は、自動車専用道路から歩行者用の緑道「Tokyo Sky Corridor」となり、銀座の新たなスポットとして生まれ変わる予定です。
何これ?めっちゃ良記事じゃん。
KK線お疲れ様でした。
自分は埼玉だけど地方の友達が来た時とかにKK線経由でお台場行くのがテッパンだった。5号〜C1〜KK分岐までが短すぎて昼は大変だったが、それもいい思い出。
カメラマンもお疲れ様。貴重な写真をありがとう。