日産の「超絶コンパクトカー」!? 「フェアレディZ」なデザイン&斬新「ぐるっとバンパー」採用! めちゃ安全に貢献した「“子ども”専用車」とは
子供の頃、本物のクルマを運転することに憧れた人も多いでしょう。しかし1965年から1973年にかけて、なんと「本物のクルマ」で自動車交通教育を受けることができました。それはどんな施設で、どのようなクルマを使っていたのでしょうか。
大人でも乗りたい!軽トラックをベースにした子供向け自動車「ベビィ」
路上のクルマと共存する現在社会においては、小さい頃から交通に関する教育や知識を身につけさせることはとても重要です。
そのため、全国各地で子供向けの交通安全教室が多数開催されており、信号の見方や正しい横断の仕方を教えて交通事故防止に努めています。
ところが、1965年から1973年にかけて、「本物のクルマ」を使って子供たちに自動車交通教育を教えていたことがありました。
それを実施していた場所は、神奈川県横浜市青葉区と東京都町田市に広がる「こどもの国」。同園の開園は1965年。皇太子殿下(現:上皇陛下)のご成婚を記念して造られました。
児童福祉法に基づく児童厚生施設であるこどもの国は「次世代を担うこどもの健全育成のための施設」と定義づけられ、体験型施設が多く設置されており、その一環として設けられたのが「こどもの国交通訓練センター」でした。
このセンター開設に合わせ、「ダットサン ベビィ」というクルマを日産が用意されました。園のコンセプトに共感した日産が、実に100台(試作車を入れると105台)ものダットサン ベビィをこどもの国に寄贈したのです。
子供向けの交通安全教室では、実際に乗り物を使用することもありますが、そのメインは自転車です。4輪カートが使われることもありますが、その多くは、屋根や灯火類を持たないプラスチックボディの遊具用ゴーカートではないかと思います。
しかしベビィの中身は、なんと実際に販売されていた本物の軽自動車「コニー・グッピー」でした。
外側には、遊具のカート然とした衝突用バンパーが一周していましたが、初代「フェアレディZ」のデザイナー・松尾良彦氏が手がけたといわれるボディは、2シータースポーツカーのような軽快でスポーティな佇まいを持っていました。
子供向けの園内遊具にも関わらず、ドアや開閉可能な窓、ヘッドライトやウインカー、テールライト、ワイパーやミラーまで備えていたことにも驚かされます。
ところで、「本格的なクルマで子供に自動車交通教育を教えるといっても、当時はマニュアル車ばかりだったはず。どうしていたのだろう」と思われた人も多いでしょう。
ベースとなったグッピーは、日産と提携していた愛知機械工業が生産していた軽トラックで、トラックといいながらも2シータークーペのようなファッショナブルなスタイルで1961年に登場しました。
軽自動車の上限排気量が360ccという時代なのに、グッピーのミッドに積まれたAE82型2サイクルエンジンはわずか199cc。最高出力は11psしかありませんでした。
しかし、マニュアルミッションが常識だった時代に、乗りやすさを実現するため前進一段・後進一段の岡村製作所製トルクコンバータを搭載して、クラッチレス・2ペダル化を実現。車体もコンパクトで、全長約2.5m・全幅は約1.2mという小ささでした。
小さなクルマとして生まれた理由は、当時の主力輸送手段だった大型スクーターからの代替えを狙っていたためですが、それは転じて子供向けのベビィには最適なベース車にもなりました。
とはいえ、グッピーは2人乗車時でも最高時速が80km/h近くに達したため、ベビィではエンジンを7.5psにデチューン。さらに20km/h出すとブザーがなり、30km/hではリミッターが作動する仕組みを有し、安全を確保していました。
助手席に乗った大人も踏めるよう、ブレーキペダルも左右に拡大されていました。
ベースのグッピーは、フロントがウィッシュボーン、リアをナイトハルト式トレーリングアームとした4輪独立懸架を採用するなど、1960年代初頭の軽自動車、ましては軽トラックとしては進んだ設計が自慢でしたが、これらの機構は、グッピーにもそのまま継承されました。
つまりダットサン ベビィは、子供用のクルマとしては異例の「本物の自動車」だったことがわかります。
こどもの国交通訓練センターでは、大人の運転に同乗して周回したほか、小学5年生から中学3年生を対象に、講習および運転訓練を受けると発行される「こども自動車の会 会員証」(免許)があれば、一人でも運転することが可能でした。
講習では、自動車の構造や交通法規も学んでいました。こちらも実際の免許講習顔負けです。
本格的なクルマを運転できるとあって、大いに人気を博したこどもの国交通訓練センターですが、ベビィの疲労が進んだ1973年を持ってアトラクションを終了。
その間、のべ20万人が利用し、約4万5千人が免許を取得したとのことです。
その後こどもの国では100号車を倉庫で保管していましたが、2012年に同園が開園50周年を迎えるにあたり、ベビィの復元を日産に打診。日産社員がボランティアでレストアを行う「日産名車再生クラブ」により再生され、2015年3月に公開されました。
通常は日産ヘリテージコレクションに収蔵されていますが、2024年1月9日から2024年3月13日まで、日産グローバル本社ギャラリーで実車展示されています。
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子供の頃、本物のクルマを運転することはまさしく夢でした。それをかなえてくれたダットサンベビィの存在は、それほど多くの子供たちに素晴らしい体験を与え、そしてクルマ好きを生み出したことでしょう。
今後も、このベビィのような「子供に本格的に自動車を教える」機会やシステムが増えていくことを期待してやみません。
Writer: 遠藤イヅル
1971年生まれ。自動車・鉄道系イラストレーター・ライター。雑誌、WEB媒体でイラストや記事の連載を多く持ち、コピックマーカーで描くアナログイラスト、実用車や商用車・中古車、知られざるクルマの記事を得意とする。
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