様々な「顔」を持つトヨタ・豊田章男氏…ラリー・フィンランドで見せた「立場(顔)の切り替え」が凄かった
トヨタの会長になった豊田章男氏ですが、現在でもマスタードライバー、モリゾウ、自工会会長をはじめとする様々な“顔”はそのままです。では、どのようにして切り替えているのでしょうか。
様々な顔を持つ豊田章男氏
14年に渡る社長生活を終え、2023年4月1日付けでトヨタの会長になった豊田章男氏ですが、「少しは休めるようになると思っていましたが、今まで以上に忙しい」との事。
それもそのはずで、会長になったと言っても、マスタードライバー、モリゾウ、自工会会長をはじめとする様々な“顔”はそのままです。
ちなみに2023年8月3日から6日に開催されたWRC(世界ラリー選手権)2023年 第9戦「ラリー・フィンランド」では、TGR-WRT(TOYOTA GAZOO Racing World Rally Team)のチーム代表であるヤリ-マティ・ラトバラ氏が出場(今回で210回目の参戦)。
そのため、豊田氏がTGR-WRTチーム代表代行を勤めることになりました。
筆者は長きに渡って豊田氏を取材していますが、本質は共通ですがその時の立場によって発言する内容は異なります。1番わかりやすいのはモリゾウとしての「僕はガソリン臭くて、音がするクルマが大好き」でしょう。
筆者は「これはどの立場での発言」とすぐに判別できますが、新聞・経済誌をはじめとする多くのメディアはその発言を“豊田章男”と一括りにしてしまい、それが結果として様々な誤解や曲解を生む原因になっていると思っています。
今回ラリー・フィンランドの取材を通じて、様々な立場の豊田章男を見ることが出来ました。
2023年8月3日の午前、TGR-WRTとトヨタモビリティ基金(TMF)はフィンランド ユバスキュラ市とカーボンニュートラル達成と持続可能な社会の実現を目指し、人と自然が調和した街づくりを通じた幅広い取り組みを推進するパートナーシップ構築のための基本合意書を締結しました。
具体的には、WRC活動の中心を担うと共に、ユバスキュラ地域内の様々な路面のテストコースを活用し、トヨタの欧州におけるもっといいクルマづくりの新たな拠点となる「TGR-WRT新開発センター」を中心に、カーボンニュートラルの達成と持続可能な社会の実現を目指し、人と自然が調和したまちづくりに向けた短期および中長期の施策を共同で検討を行なうと言います。
新開発センターは東京ドーム133個分の敷地を持ち、そこにはファクトリーやテストコース(リアルな路面を活用)などが設けられる予定。
ユバスキュラ市/TMFと共同で実施するカーボンニュートラルの取り組みを通じてWRC活動で排出されるCO2の削減のために木造建築の導入、生物多様性の向上や森林保全、水素による自家発電施設やモビリティの導入なども計画されています。
ちなみに新開発センターの建設であれば、TGR-WRT単独でも全く問題ないはずですが、なぜユバスキュラ市とTMFと共になのでしょうか。
この決断を行なったのは、トヨタの会長、TGR-WRTの会長、そしてTMF理事長の3つの顔を持った豊田氏です。
豊田氏は常日頃から「ラリーは公道を使う競技、街や地域との共生は大事」と語っていますが、要するに今回のプロジェクトは「ラリーを起点としたもっといい街づくり」と言うわけです。
新開発センターによりユバスキュラ市は大きな投資効果と雇用機会の増加も期待されます。事情は異なりますが、トヨタが持続的な震災復興支援のために東北に生産拠点を設けた事と被りました。
豊田氏は次のように語ってくれました。
「想いは同じですね。
2022年トヨタはロシアから撤退しましたが、そんな中で欧州に新しい拠点をつくる。
こういう時期だからこそ、そんなメッセージがあるのも事実です。
何と言ってもユバスキュラはWRCに復帰のために必要な時間とリソースをささげる決断をした『第2の故郷』ですし」
それと同時に、筆者は今回の発表は、「トヨタがラリー活動をやめない!!」と言う宣言に聞こえました。
豊田氏にそんな感想を伝えると、「やめると言うのは経済的/マーケティングでやっている場合です。
我々がラリーに参戦する目的は『もっといいクルマづくり』と『人材育成』。
その目的があるから、経済がどうであれ続けられる。逆にそれをやめたら、トヨタを否定することになります」
調印式を終えた豊田氏は、サービスパークにTGRウェアではなくスーツのまま現れました。
ここからはチーム代表代行としての顔になります。
豊田代表代行はドライバー/コドライバー、そしてチームメンバーに声をかけますが、常に笑顔で和気あいあいとしたムードです。
我々メディアに対しても「この場所でのスーツ姿はかなりレアですよ」と写真撮影にも喜んで応じてくれます。
そこでチーム代表代行としての仕事のひとつ、インタビューをお願いしました。
――チーム代表代行としてのミッションは?
豊田:みんなを元気づけること、なので「チアリーダー」と呼んでほしい(笑)。
――今回のフィンランドラリーは、チーム代表代行以外にも色々な役割があります。
豊田:本音を言えば、あまり表に出てこない「ラリー好きの豊田さん」の時間をできるだけ取りたいと思っています。
モリゾウの役目は週明けですが、ラリーの間にちょいちょい出てくると思います。
―― サービスパークに展示されているGRヤリスRally2コンセプトのサイドウィンドウには「MORIZO」と記されています。
豊田:本当?スーツやヘルメットなどのギアはあるので、いつもでスタンバイですよ。
―― 今回、ラトバラ選手への期待は?
豊田:走るほどに良くなっていますね。実は彼はHEVになってから選手として走っていません。
今回ドライバーとして走ることで、今後の彼のチーム代表として他の選手との会話内容が変わってくると思います。
元々ドライバーのいい所を引き出す代表ですが、今回の参戦でより説得力が上がると思いますよ。
―― ラリージャパンに向けての秘策は?
豊田:9月がラリー北海道(全日本ラリー)、11月がラリージャパンですが、その間の10月にモビリティショーがあります。そこで「ドーンドーン」とやりますので、お楽しみに。
―― Rally1は現在3チームです。参戦するメーカーが増えてくれるといいのですが……。
豊田:僕の想いとしては、「Rally1に来たくなる」ようなコメントを意識的にしていく予定です。
「エンジンが無い」とか言ってないで、「まずは出ましょうよ」と。
フィンランドでは今でもスバル/三菱の名をよく聞きます、忘れられないうちに……。
※ ※ ※
ちなみに筆者は2か月前にル・マン24時間耐久レースの取材に行き同じような状況を見ていますが、あの時とはちょっと雰囲気が違います。
言葉で表現するのは難しいのですが、どちらもプロフェッショナルなのは間違いないのですが、WECチームは「ボスが来たぞ!!」と構える会社的な雰囲気。
つまり個人の力では及ばない見えないバリアを感じたのに対し、WRCチームはチーム代表がラトバラ氏から豊田氏に変わっただけでいつもと変わらず「自然体」な雰囲気な事です。
僅かな違いですが、豊田氏が「家庭的な」と語る要素だと思います。ただ、WECチームも確実に変わり始めているので、今後に期待です。
ここで、豊田氏から「この1戦だけの特別仕様だよ」とTGR-WRTの会長兼代表代行の名刺をいただきました。
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