クルマの「据え切り」由来は? 停止状態で「ハンドルを切る」コトを指す造語が誕生した背景とは
ハンドルは回すものなのに「切る」というのはなぜ?
一方、「切る」についてはやや複雑です。
現代では「ハンドルを切る」という言葉が一般的なものとなっていますが、そもそもほとんどのクルマのハンドル(ステアリングホイール)は円形であり、「切る」という表現で表されるような動作はおこなわれません。
実際、「ハンドルを回す」という表現も現代では多く見られています。
ただ、1936年に発表された大阪圭吉『白妖』では「ハンドルを切る」という表現と「ハンドルを回す」という表現が混在しており、当時から揺れ動いていたことがうかがえます。
「ハンドルを切る」という表現については、クルマのハンドルの歴史がヒントになりそうです。
メルセデス・ベンツによると、現代的な円形のハンドルが初めて登場したのは1894年に行われた自動車レースでのことであったといいます。
フランスのパリからルーアンまで走行する世界初の自動車レース「パリ・ルーアン・トライアル」の参加車両である「パンハード&レヴアッソール」に対して、フランスのエンジニアであるアルフレッド・ヴァシュロンが円形のハンドルを取り付けた記録が残されています。
その後、円形のハンドルはまたたく間に主流となり、そこから現在に至るまでほとんどのクルマが円形のハンドルとなっています。
つまり、『白妖』が発表された1936年の時点では、ハンドルはすでに「回すもの」であったことがわかります。
では、アルフレッド・ヴァシュロンによって円形のハンドルが採用されるまでは、クルマのハンドルはどのような形状だったのでしょうか。
世界初のクルマとされることの多い、「ベンツ・パテント・モトールヴァーゲン」の運転席を見ると、一輪のみとなっている前輪の向きを変える簡単なレバーが備わっています。
その構造は、人力車や荷車などに備わっていた「梶(梶棒)」とよく似ています。さらに、この「梶」は船の「舵」から派生したものと考えられています。
船の歴史が非常に古いことはよく知られていますが、ほとんどの場合、進行方向の変更は舵によって水の抵抗に変化を与えることでおこないます。
このようすを「舵を切る」といいますが、薄く板状の舵が水を分けて行くさまは、まさに「切る」という言葉のイメージ通りです。
ただ、円形のハンドルがなかったころのクルマは、日本にほとんど輸入されておらず、そのようすを見た日本人は極めて少ないと思われます。
そのため、当時のクルマがレバーを動かすようすを「切る」と表現したというよりも、人力車や船が梶(舵)によって進行方向を変えること自体を「切る」と呼ぶようになり、それが新しい乗り物であるクルマに対しても用いられるようになったと考えるほうが自然かもしれません。
これらを総合すると、クルマを留め置いたままハンドルを操作することを「据え切り」と呼ぶのは、決して理由のないことではなさそうです。
ただ、なぜ「停め切り」や「停め回し」といったそのほかの表現が用いられなかったのかは定かではなく、今後の研究が待たれるところといえそうです。
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ちなみに、英語では「据え切り」のことを「steer without driving」などと表現するようです。
直訳すると「運転していない状態でハンドルを操作する」といった説明的な表現であり、日本語の「据え切り」のような名詞化された表現は用いられないようです。
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