経済性だけでなくデザインもかなりスゴかった! 昭和デビューの新世代コンパクトカー3選
2000年代になって以降、日本における登録車販売台数上位の常連になっているクルマがコンパクトカーです。現在のような2ボックス・ハッチバックのモデルは1970年代に確立され、1980年代には急拡大しました。そこで、昭和の時代にデビューした新世代のコンパクトカーを、3車種ピックアップして紹介します。
1970年代の終わりから1980年代初頭にデビューした新時代のコンパクトカーを振り返る
かつて日本の自動車市場では各メーカーともセダンが主力車種でしたが、時代の移り変わりと共にクルマに対するニーズが多様化し、さまざまなジャンルのクルマが登場し、勢力図も変化してきました。
なかでもコンパクトカーは2000年代以降、日本における登録車販売台数上位の常連になるほどヒットを続けており、もっとも安価なラインナップとしてベーシックカーもしくはエントリーカーとも呼ばれます。
現在のコンパクトカーは概ねAセグメントかBセグメントに属する2ボックス・ハッチバック車で、日本では1970年代に確立されました。
また、日本のみならず欧州やアジア圏でも高い人気を誇り、とくに欧州製コンパクトカーは日本以上に長い歴史があります。
そして、1970年代の終わりから1980年代初頭にかけては、まさに新しい時代を切り開くコンパクトカーが数多く登場。
そこで、昭和の時代に誕生した次世代型コンパクトカーを、3車種ピックアップして紹介します。
●ダイハツ「シャレード」
国内でも屈指の老舗自動車メーカーであるダイハツは、1967年からトヨタと業務提携を開始。当初はトヨタが生産していなかった軽自動車はダイハツが担当し、登録車の分野ではトヨタからダイハツへOEM供給する体制でした。
その後、1977年にはダイハツが自社開発した次世代のFFコンパクトカー、初代「シャレード」が誕生。
ボディは当初5ドアハッチバックのみで、ボディサイズは全長3460mm×全幅1510mm×全高1360mmと非常にコンパクトながら、FFを採用したことから広い室内空間を確保し、全車5名乗車を実現していました。
搭載されたエンジンは最高出力55馬力(グロス、以下同様)を発揮する新開発の1リッター3気筒SOHCエンジンで、今では広く普及している4サイクル3気筒エンジンですが、シャレードが世界初という快挙でした。
当時の日本では第二次オイルショックの影響から省エネブームという背景があり、1リッターエンジンの優れた燃費性能からシャレードは大ヒットを記録。
そして、1978年にはスポーティなスタイリングの3ドアハッチバックモデル「シャレード クーペ」が加わり、若い世代にも訴求しました。
さらに1983年1月に発売された2代目では、乗用車用としては当時世界最小排気量の1リッター3気筒SOHCディーゼルエンジンを搭載した「シャレードディーゼル」が登場し、1984年8月にはターボディーゼルエンジン車もラインナップし、技術力と経済性をアピール。
また1983年9月に、やはり世界初の1リッター3気筒ガソリンターボエンジンを搭載した「シャレード ターボ」が誕生し、1984年1月にはイタリアのチューナーだった「デ・トマソ」が監修した高性能な「シャレード デ・トマソターボ」が発売され、走り好きからも支持されるようになりました。
シャレードは国産「1リッターカー」というカテゴリーを確立し、その後もダイハツの登録車の主力として代を重ね、2000年に4代目をもって歴史に幕を下ろしました。
●日産「マーチ」
かつて、日産のエントリーカーだったのが「サニー」で、1966年に初代が発売されると、トヨタ「カローラ」と並んで日本を代表する大衆車へと成長しました。
その後、1970年には同社初のFF車として「チェリー」を発売。まだFFの技術が固まっていない頃でしたが、「チェリー F-II」、初代「パルサー」へとコンセプトが受け継がれるとFF車としても成熟し、FRのサニーと並ぶエントリーカーとなりました。
そして、もっとコンパクトな2ボックス車のニーズが高まると、1982年にすべてが新設計されたFFコンパクトカーの初代「マーチ」がデビュー。
ボディは3ドアと5ドアハッチバックが設定され、サイズは全長3760mm×全幅1560mm×全高1395mmとリッターカーとしては当時の標準的でしたが、外観デザインは巨匠ジョルジェット・ジウジアーロが担当し、飽きのこないシンプルな直線基調のスタイリングが高く評価されました。
内装はエントリーモデルらしく装備を簡略化しつつも機能的なレイアウトで、60万円台からと戦略的な価格に設定。すでに市場にはライバルがいましたが、優れたデザインと安価な価格を武器に行動的な女性を中心に人気を獲得しました。
発売当初に搭載されたエンジンは最高出力52馬力を発揮する1リッター直列4気筒SOHCのみで、トランスミッションは5速MTと4速MT、3速ATが組み合わされました。
決してパワフルなエンジンではありませんでしたが、600kg台の軽量なボディには十分なパワーでした。
一方、さらなるユーザー獲得のためバリエーションの拡充を進め、「マーチ ターボ」や、量産車世界初のツインチャージャーエンジンを搭載した伝説的な高性能モデルの「マーチR」と「マーチ スーパーターボ」が誕生。
女性ユーザーに向けた「マーチ コレット」や「マーチ コレット キャンバストップ」が加わり、バブル景気の頃には「パイクカー」3兄弟のベース車にもなりました。
初代マーチは1992年に2代目にバトンタッチして生産を終了。当時としては異例の10年間も販売されたロングセラーでしたが、それほど基本性能と完成度が高かったことの証明でした。
●ホンダ「シティ」
ホンダは1972年に、それまでのホンダ車とは大きく異なるFF大衆車の初代「シビック」を発売し、国内外で大ヒットを記録しました。
そして、1979年にはボディを少し大型化してワンランク上のモデルとした2代目シビックが登場。そこで1981年に、新たなエントリーカーで2代目シビックよりも小型のFF車、初代「シティ」が誕生しました。
初代シティは、全長3380mm×全幅1570mmの小さなボディで、いかに室内空間を広くするかというコンセプトを明確にし、当時のコンパクトカーの常識を覆す、全高1470mmというトールボディを採用。
全高が高いと空気抵抗の増加や、重心高が上がってコーナリング性能や横風に対する操縦安定性などに影響がありますが、ホンダはそれらの問題を解決しつつ、全体のフォルムも安定感のある「台形」をモチーフにしていました。
エンジンは最高出力67馬力(「R」グレード、MT)の1.2リッター直列4気筒SOHCの「CVCC」を搭載。ボアが66mmに対しストロークが90mmと超ロングストロークの設計で、無鉛レギュラーガソリンながら圧縮比10を実現して低燃費化と高出力を両立しつつ、665kg(同)という軽量な車体によって十分な走行性能を発揮。
また、より低燃費を目指した「E」グレードを設定するなど、エコグレードの先駆けでした。
さらに広い室内による積載性の高さをアピールするために、シティのトランクルームに格納可能な原付バイクの「モトコンポ」を同時発売するなど、ホンダらしさあふれるクルマでした。
斬新なコンセプトのもと開発された初代シティはユーザーから絶大な支持を受け、大ヒットを記録。
その後も高性能なターボエンジンを搭載した「シティターボ」「シティターボII」、オープンカーの「シティ カブリオレ」、よりルーフを高くした「シティ ハイルーフ」などバリエーションを拡大して、常に話題を提供しました。
※ ※ ※
現行モデルのコンパクトカーは、経済性、安全性、ユーティリティ、さらに十分な走行性能を高次元でバランスさせたある意味優等生なクルマで、好調な販売台数を記録している理由でしょう。
一方で、かつてのような高性能なパワーユニットを搭載したモデルは激減してしまい、ユーザー層は限られてしまいそうですが、エントリーカーとしての正しい姿なのかもしれません。
モトコンポは欲しかったですね。再販してくれないかな。