なぜトヨタ新型「GR86」は発売が遅い? スバル「BRZ」より開発に時間がかかった事情とは
土壇場の仕様変更に開発陣はびっくり!
2代目は2017年くらいから開発がスタートしたと聞いています。当然、両社の想いは「いっしょにいいクルマつくろう」ですが、ビジネスの観点で見ると、お互いの役割や開発するうえでのルール、そしてどれだけ差別化するのかなど、さまざまな契約を結んでから実務がスタートしました。
そのなかで走りの味付けに関しては、「仕様は分けるが初代の経験から変更項目は最小限でおこなう」という結論になったのですが、具体的には「EPS制御」と「ダンパー」での差別化するという方針でした。
これは初代の進化の方向性が似ていたこと、さらにスポーツカーでも無視できない収益性などから判断したそうです。
開発陣は「初代のバランスが非常に良いので、そのバランスを崩さずに進化させるのは非常に難しかった」と語っていますが、それ以上に難航したのはGR86の味付けだったと予想しています。
その理由は2代目の基本構造にあります。
プラットフォームは初代から継承されていますが、インナーフレーム構造やスタビライザー車体直止めなど、新型モデルは随所にスバルグローバルプラットフォーム(SGP)の技術が盛り込まれています。
そのため、自然とスバルらしさが強くなってしまい、逆にGRらしさを出すのは難しかったはずです。
とはいえ、開発陣は悩みながらも与えられた素材のなかで最大限の努力をおこない、独自のセットアップを作り上げました。
しかし、その悩みをマスタードライバーの豊田章男社長がテストカーから感じ取り、仕様変更を指示したといいます。
恐らく豊田社長は、「GRは“味”を大事にするブランドである以上、その味に妥協は許されない」、「トヨタ 86からGR86への進化」という強い想いからなどから判断をしたとのでしょう。
なぜ開発終了間際に仕様変更が可能になったのかというと、契約内容の最後に「何があったときに」というために盛り込まれていた、「契約事項の変更は両社の合意があればOK」という一文によるものでした。
とはいえ、実際のところは豊田社長自らスバルの中村社長に直接連絡し、トップ同士の「魂の会話」をおこなって了承を得たといいます。
ただ、驚いたのはスバルの開発メンバーでした。土壇場の仕様変更はまさに寝耳に水状態だったそうですが、スバルの開発トップである藤貫哲郎氏は「開発が進むにつれてBRZ寄りになっていたのも事実で、『GR86は〇〇を変えたほうがいいだろうな』と思う部分もありました」と語っています。
それはGR開発陣の悩みをよく知っていたこと、そして「スバルに任せると中途半端になってしまう」といわれたくないプライドもあったのでしょう。
ただ、仕様変更の決定後は、「納得するまで」、「何とか間に合わせる」とスバル側も協力を惜しまなかったといいます。
とはいえ、耐久性や信頼性の担保、さらに認証などの問題などもあり、正式発表に時間差が生じてしまったというわけです。
GR86用に変更された部分はフットワーク部分が中心です。フロントスプリング(GR86:28Nm/mm、BRZ:30Nm/mm)、リアスプリング(GR86:39Nm/mm、BRZ:35Nm/mm)の変更、ショックアブソーバーの減衰特性もスプリングに合わせて当初のセットアップから変更されています。
さらにフロントハウジング(GR86:鋳鉄、BRZ:アルミ)、フロントスタビライザー(GR86:中実 直径18mm、BRZ:中空 直径18.3mm)変更されました。
どちらも重量が増す方向の選択となりますが、GR86らしさのためには必要なアイテムだったといいます。
そして、リアスタビライザーは径の違い(GR86:直径15mm、BRZ:直径14mm)やリアトレーリングアームブッシュだけに留まらず、何と取付構造まで異なります(GR86:リアサブフレームブラケット取付、BRZ:ボディ直付)。
じつはこれらの変更項目の多くは初代で使われていたアイテムが活用されています。もし初代が存在していなかったら、新型においても今回のような大胆な仕様変更は不可能でした。
では、GRらしさとは何なのでしょうか。そのキーワードのひとつが「モータースポーツを軸としたクルマの開発」です。
ただ、勘違いしてほしくないのは「モータースポーツを軸=サーキットスペック」ではないということです。
言葉で説明するのは難しいですが、限界付近の走行だけでなく交差点ひとつ曲がるときでも「私はスポーツカーに乗っているんだ」と感じられるクルマの動きやフィードバック、そして運転中にどこかワクワクするような高揚感を色濃く感じることなのではないでしょうか。
それらを踏まえると、「ドライバーが中心」や「クルマとの対話性の高さ」だと考えています。
※ ※ ※
気になるのは、両車の走りの味の違いですが、実際に乗り比べてみると、GR86は「GRスープラ」や「GRヤリス」と同じ「野性味」を感じ、BRZは「レヴォーグ」や「WRX S4」と同じ「洗練/安心」を感じました。
どちらもトヨタとスバルが目指したFRスポーツカーとしてそれぞれが目指したコンセプトやキャラクター、走行性能をどちらもキチンと実現しています。
そしてどちらを買っても笑顔になれるクルマであるということは、間違いないといえるでしょう。
Writer: 山本シンヤ
自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車メディアの世界に転職。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の想いを伝えるために「自動車研究家」を名乗って活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
コメント
本コメント欄は、記事に対して個々人の意見や考えを述べたり、ユーザー同士での健全な意見交換を目的としております。マナーや法令・プライバシーに配慮をしコメントするようにお願いいたします。 なお、不適切な内容や表現であると判断した投稿は削除する場合がございます。