親戚同士!? ドイツを代表するカーメーカー ポルシェとVWの長くて深い関係とは?

かつてはポルシェ家とピエヒ家の争いもあった

 そしてポルシェ356の量産化の目処がついた1948年に、国営企業だったフォルクスワーゲンと業務提携を、続いて技術コンサルタント契約も結んでいる。この取り決めは、それ以降の両社に大きなメリットをもたらすことになった。この契約は、原則的に今日まで継続して施行されている。

2002年に登場したポルシェ初のSUV「カイエン」。VWと共同開発され、VW「トゥアレグ」やアウディ「Q7」と共通のプラットフォームになる。北米をはじめ世界的に大ヒットし、いまのポルシェの礎をつくった
2002年に登場したポルシェ初のSUV「カイエン」。VWと共同開発され、VW「トゥアレグ」やアウディ「Q7」と共通のプラットフォームになる。北米をはじめ世界的に大ヒットし、いまのポルシェの礎をつくった

 その骨子は大きく分けると4つだ。

1:これから先、ポルシェはVWと競合する車種を他メーカーのために設計しない。
2:VWはポルシェの持つパテントを自由に使うことができるが、その代わり生産されたVW1台ごとに定額のロイヤリティ(特許使用料)を支払う。
3:ポルシェはVWのパーツを利用して自由にスポーツカーを製作することができる。
4:ポルシェは自由にVWの販売網とサービス網を利用できる。

 フォルクスワーゲンからの安定したパーツの供給やヨーロッパ全土を網羅した販売店とサービス網を使えることに加え、ロイヤリティまでも受け取れたことは、初めてスポーツカーを送り出すポルシェに多くのメリットをもたらした。

 ポルシェ博士は息子のフェリーにポルシェ社を任せ、娘のルイーゼは博士のビジネスパートナーだった弁護士のアントン・ピエヒと結婚し、ポルシェ持ち株有限会社を創設する。ちなみにふたりの間に生まれたのが、後にフォルクスワーゲンの社長とVWグループの取締役会会長にのし上がり、辣腕を振るうフェルディナント・カール・ピエヒだ。

1949年の写真。中央にポルシェの創業者、フェルディナント・ポルシェ。右はフェルディナント・ピエヒ、左はピエヒの従兄弟にあたるフェルディナント・アレックス・ポルシェ。貴重な写真だ
1949年の写真。中央にポルシェの創業者、フェルディナント・ポルシェ。右はフェルディナント・ピエヒ、左はピエヒの従兄弟にあたるフェルディナント・アレックス・ポルシェ。貴重な写真だ

 フォルクスワーゲンは1960年に民営化されたが、議決権を持つポルシェ家とポルシェ家の女系であるピエヒ家は、その後も筆頭株主としてフォルクスワーゲングループを支配し続けている。

 ポルシェ社との契約から誕生した名作は少なくない。その筆頭がミッドシップのポルシェ「914」だ。また、グループ企業のアウディのパーツを使ってポルシェ「924」も生み出された。今世紀になってからもタッグを組んで「カイエン」や「マカン」などの高性能SUVを誕生させている。

 ポルシェ家系とピエヒ家系による同族統治はうまく機能し、ポルシェはフォルクスワーゲンの親会社として高い利益率を誇っていた。

 だが、21世紀になってポルシェ家とピエヒ家の間で権力闘争が起こり、ポルシェとフォルクスワーゲンのどちらが支配権を持つかで争うようになる。この買収劇は両社が経営統合し、ポルシェがフォルクスワーゲンの合弁子会社になる形で決着した。

 新たな持ち株会社を設立して再スタートを切ったが、今もポルシェ家はフォルクスワーゲンの役員に名を連ねている。だから、今後も両社の関係が大きく変わることはないだろう。

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