クルマ業界に起きた異変 10年前のリーマンショックが国産メーカーに与えた影響の実態とは
2008年に起きた「リーマンショック」は、「ビックスリー」と呼ばれる米国の大手自動車メーカー3社をはじめ、自動車メーカー各社に影響を与えました。そんななか、日本の自動車メーカーは、どのような状況だったのでしょうか。
「リーマンショック」が与えた自動車業界への大きすぎる影響とは
2009年、世界の経済界を揺るがす大きな動きがありました。2008年9月に米国で起きた「リーマンショック」の影響で、2009年4月に米大手自動車クライスラーが、同年6月にゼネラルモーターズ(GM)が破産法を申請しました。
また、フォードモーターは破産を免れたものの、傘下にあったプレミアムブランドのジャガーやランドローバー、ボルボ、アストンマーティンなどを手放すことになったのです。
こういったなかで、日本の自動車メーカーは当時どのような状況だったのでしょうか。
この頃は、中国の自動車販売台数が急伸した時期でもあり、前年比46%アップの1364万台を記録。1042万台のアメリカを抜いて、自動車新車販売世界一に躍り出ます。
そんななか、日本の自動車界にも変調が波及します。リーマンショック後の世界販売が想定以上に減少したため、堅調な経営で知られるトヨタが、2009年3月期決算で営業赤字に転落します。
通期で営業黒字を確保するホンダも2009年1月から3月期は大幅な赤字となり、日産も2008年の営業黒字からゴーン体制として初の赤字に転落、自動車不況が浮き彫りとなりました。
赤字転落を発表したトヨタでは、14年ぶりの創業家出身となる豊田章男氏が、2009年6月に社長へ就任します。豊田氏は社長就任会見の場で、厳しい状況下から業績の立て直しについて「どん底からのスタート」と語っていました。
リーマンショックによる不況は、トヨタが当時おこなっていたモータースポーツ活動にも影響を与えました。2009年11月に、F1世界選手権から撤退すると発表したのです。
同年10月の日本GP時には、2012年まで継続する方針を示していましたが、赤字転落からの立て直し、コスト削減を考慮すると、年間数百億円かかるF1参戦の継続は困難と判断したとされています。
トヨタは2002年から8年にわたってF1に参戦し、8年間で表彰台13回、入賞87回という成績を残しました。
ちなみに、リーマンショック直後の2008年12月には、ホンダがF1から撤退することを発表したほか、スバルとスズキがWRC(世界ラリー選手権)からの撤退を発表しています。
コメント
本コメント欄は、記事に対して個々人の意見や考えを述べたり、ユーザー同士での健全な意見交換を目的としております。マナーや法令・プライバシーに配慮をしコメントするようにお願いいたします。 なお、不適切な内容や表現であると判断した投稿は削除する場合がございます。