軍用車から派生したと言われる「Gクラス」 実はカーマニアの国王の鶴の一声で誕生!?
アメリカ国内第一号はあの有名ハリウッド俳優
1974年に最初の試作車が完成し、ドイツの炭田やサハラ砂漠、北極圏など厳しい気候の下でテストが繰り返されました。このプロジェクトには、イランへの納入という目的以外に、もうひとつの目標がありました。それはドイツ連邦軍が新たに採用しようとしていた、新世代の制式小型車両です。
GfGが造った何台かの試作車は、軍部にも好評を博しましたが、もともと民生用のことも考えて造った車両のために製造コストが高く、結果的にはもっと簡素で安価なフォルクスワーゲン・イルティスにその座を奪われてしまいました。
ドイツ語でオフロードカーを表す「ゲレンデヴァーゲン(ワーゲンとも発音)」と名付けられたその四輪駆動車は、当初から民生用を考慮していたため、ショートボディ・カブリオレ、ショートボディ・ワゴン、ロングボディ・ワゴン、そしてロングボディ・バンという4種類のボディタイプが用意されていました。
そして1979年にこれらの量産が始まり、いよいよ納品という段階になって、なんとイランに革命が勃発。パーレビ国王と交わした契約は反故となってしまいます。ですが、ゲレンデヴァーゲンはすでに発売されていたレンジローバーと比べても完成度が高く、一般の市場で高い評価を得ることに成功します。
GfGはこうして、メルセデス・ベンツのゲレンデヴァーゲンとプフ・Gという2つのバッジモデルを一般に販売し始めました。GfGは両車の市場でのバッティング避けるため、プフ・Gはオーストリア、スイス、リヒテンシュタイン、ユーゴラスラビア、イギリス、アメリアで、それ以外の国ではメルセデス・ベンツのゲレンデヴァーゲンとして売ることに決めたのです。その取り決めは2000年を持って見直され、昨今はプフ・Gは全体の10%に留まっています。
余談ですが、驚くことにアメリカでは2002年までメルセデス・ベンツからの販売なく、プフ・Gが導入されていました。そしてアメリカ国内第一号のプフ・Gは、オーストリア人俳優のアーノルド・シュワルツネッガーが乗っていました。