「S15は最高だった」 日産エスピノーサ社長のクルマ愛炸裂! 再建計画の真意… 知られざる「クルマ好き」な一面とは【インタビュー】
日産が発表した経営再建計画。コスト削減が中心の内容に、モノづくりへの想いはあるのか。筆者の疑問にイヴァン・エスピノーサ社長が応えた。その口から語られたのは「いいクルマで笑顔に」という原点回帰と熱いクルマ愛。再建の先に見据える日産の未来とは。
再建計画にない「クルマへの想い」、社長の夢「S15シルビアよ、再び」
日産は2025年3月期の決算発表会で、経営再建計画「Re:Nissan」を発表。
その内容は「コスト/人員の削減、生産工場の集約など痛みを伴う決断でした。
社長兼CEOのイヴァン・エスピノーサ氏は、「Re:Nissanはコスト削減、戦略の再定義、パートナーシップの強化を柱とした現実的な実行計画です」と語っています。
これを聞いた筆者(山本シンヤ)は、この計画は「無駄を無くす」「効率を上げる」と言った事が主で、モノづくり企業にとって最も大切な「いい商品をつくる」という想いが残念ながら感じられませんでした。
そこで筆者は、質疑応答の場で「社長にとって“いいクルマ”とは何でしょうか?」と言う質問をすると、エスピノーサ氏はこのように答えてくれました。

今回の再建計画で大事な事は、日産の“心臓の鼓動”を取り戻すということです。
もちろん台数と収益を重視した『コアモデル』もとても大切ですが、私は日産のDNAを体現するアイコニック『ハートビートモデル』、つまりワクワクするクルマを活用して皆さんを“笑顔”にすることも大事だと考えています」
非常にシリアスな会見だったので、エスピノーサ氏は言葉を慎重に選びながらの回答だったと思いますが、この質問をした時に表情が少しほころんだのを筆者は見逃しませんでした。
筆者は「あの時の続きの話を聞いてみたい」とエスピノーサ氏にインタビューをリクエストすると、多忙なスケジュールを調整して応じてくれました。
その内容はこれまでの日産の社長から出てくるコメントとはちょっと違うモノでした。
―― 自動車メーカーがビジネスを行なう上では株価や為替の影響も大事だと思いますが、やはり一丁目一番地は「いいクルマを出し、それを買ったお客さんに喜んでもらう」事だと思っています。そこに関して社長はどのようにお考えでしょうか?
全くその通りで、日産は“基本”に戻る必要があります。その基本とは何か? 質問の通りでいいクルマを作りお客様を笑顔にすることができる魅力的な自動車会社に戻る事です。日産にはこれらを実行できる適切な才能/適切な人材がたくさんいます。
―― 私はこれまで日産の様々なイベントで多くのエンジニアと会話をしてきました。皆さんとても優秀な人ばかりですが、個人から組織になった途端に「あれっ?」と感じる事もありました。つまり、人材をうまく活かせてないような気がしました。
日産には非常に才能ある人材がいますが、そこに欠けていたのは「社内の風通しの悪さ」、「部門間の壁を打ち破れなかった事」そして「共通のゴールを持てなかった事」でしょう。そこは今後大きく変えなければいけない部分だと強く認識しています。
―― 共通のゴールとは、具体的には?
これまでは財務目標に重点を置きすぎていました。財務目標は結果に過ぎず主なターゲットではありません。本当に大事な事なので何度も言いますが「いいクルマを出してたくさんのお客さんに喜んでもらう事」ですね。それが達成できれば結果的に収益性の高い組織に戻れると信じています。これこそが我々が目指す「共通のゴール」です。
―― 先日新型「リーフ」に乗ってきました。素直にいいクルマだと感じましたし、様々な所に “日産らしさ”を感じました。そんなこだわりの強さが日産のいい所ですが、そのこだわりが災いしてビジネスチャンスを逃しているのも事実です。今、日産に必要なのは「いいクルマ」に加えて「売れるクルマ」ですが、なかなかそのようなエースが現れません。その辺りはどうお考えですか?
そこは“バランス”だと思っています。過去の反省を1つ話すと、全てのモデルの開発を同じプロセス/ルールに従って進めてしまった事が挙げられます。
つまり、個々のクルマには“役割”があり、それに沿って開発をしていく必要があると言う事です。
―― それはどういう事でしょうか?
1つ目は「純粋にブランドを定義するクルマ」です。例えば「フェアレディZ」や「パトロール」、そして「GT-R」のようなモデルを指します。これらのクルマの価値は必ずしも財務的なものだけではありません。
なぜなら、これらは従業員が誇りに思う象徴でもあるからです。ブランドを若々しく、魅力的、そして新鮮なものにするためには欠かせないモデルだと考えます。
2つ目は「ビジネス志向のクルマ」です。これらのクルマは生産拠点をフル稼働させ、サプライヤーに部品の良い流れ/良いビジネスを維持させ、最終的に会社に利益をもたらすためのボリュームを生み出してくれます。ある意味、我々のビジネスの“基盤”と言っていいモデルです。
そして、3つ目は「より戦術的なクルマ」です。これはパートナーと協力して取り組んでいるモデルで、ある意味ラインナップを補完する役割を担っています。
確かに戦略の核ではありませんが、地域特有/ユニークな市場でラインナップを整えるのには必要な存在と言えるでしょう。
これらの製品カテゴリーに明確な目的を与え、それぞれが達成すべき目標をみてポートフォリオに取り組んでいます。
―― 私はその実現のためには、もう少しラインナップを拡充させたほうがいいと思っています。なぜなら、現状は1台の役割範囲が広すぎるためターゲットカスタマーが絞れず、結果的に個車のキャラクターも希薄になっているような気がするからです。
そこは反省すべきポイントの1つですね。例えば、「ルークス」と「ノート」の間、ノートと「セレナ」の間、「エクストレイル」と「アリア」の間のモデルは検討する余地があると思っています。
ちなみにコンパクトとセレナクラスの間の橋渡しとなるモデルはここ数年試みてみたものの、実現はできませんでした。今もこれらのカテゴリー参入のための検討は進めていますが、私は「me too」の提案だけでやるべきではないな…と。
更に「エルグランド」の新型が間もなく登場予定ですが、これもブランドを推進し良いビジネスを生み出すのに役立つ良い製品になってくれると信じています。
ラインナップを闇雲に広げすぎることを我々は望んでいませんが、バランスが大事な事は理解しています。
―― パトロールの日本導入も期待されていますが、こちらについては?
現時点では明確には言えませんが、私はアブダビの砂漠の砂丘で運転した時、とても感動してこのクルマに恋をしましたよ(笑)。
それでいながら舗装路でも楽しく快適に走らせることができるクルマです。

――2025年3月の決算発表の質疑でも聞きましたが、改めて社長にとって「いいクルマ」とは何かをもう少し具体的に教えてください。
私の中で「いいクルマ」の定義は色々ありますが、その中で最も大事な要素は「明確な個性を持つ」でしょう。
要するに「誰のために作られたの?」がクルマを通じて伝わり、それが一貫している事です。それはスポーツカーだけでなくSUVでも変わりません。
私が商品企画を担当していた時、日産車だけでなく他社のクルマもたくさん乗りました。ステアリングを握ると、パワートレインが強いブランドなのか、シャシーコントロールが強いブランドなのか、そんな強みがクルマから色々と伝わってきました。
これこそが私がクルマの大好きな部分で、「いいクルマには必ず“物語”が付いてくる」と言う事です。
エンジニアがそれについて何を考えていたのか、デザイナーがパッケージングにどのようにアプローチしたのか、プランナーが顧客について何を考えていたのか、そして皆がこれらすべてをどのようにまとめて、より強力なコンセプトを作り、最初に想像していたものと非常に一致したモデルをユーザーに提供できているかどうか…などなど。
そんな作り手と買い手の想いがリンクしているクルマに仕上げる事も、いいクルマにする大事な要素だと考えます。
―― 以前、社長をスーパーGTの現場でお見掛けしました。更にSNSでは大黒PAにGT-Rで訪れた時の写真も拝見しました。そのような場所では日産ファンと触れ合う機会があったと思いますが、いかがでしたか?
(とても嬉しそうな笑顔で)やはり日産ファンの方々のブランド愛と情熱を強く感じました。そして、「私たちは次の日産車を待っています」と言う声をたくさん聴きました。
だからこそ、日産は強くなって戻ってくる必要があります。そのためには「いいクルマを作ること」に尽きますが、それを短期間で集中してやっていく必要があります。これが日産を強くします。
―― ちなみに“クルマ好き”の中にも様々なジャンルがありますが、社長は?
私の父も祖父もエンジニアで、2人ともクルマが大好きでした。その影響で、私が6~7歳くらいの時からオイル交換などを手伝った記憶があります。
歳を重ねるにつれてブレーキパッドの交換やキャブレターのチューニングなども習いました。その後、私は工学部に入りもっとクルマに夢中になり、日産に入社しました。
以前は自分で整備をするほどでしたが、今のクルマは自分で直すのが少し難しいですよね(笑)。なので、今は運転するのが一番好きですね。運転する機会がある時は率先してステアリングを握っていますよ。
―― 「チューニング」や「運転する楽しさ」という意味では、日産にはNISMOとAUTECHという2つのサブブランドがあります。この辺りの今後の活用方法は?
大きなチャンスが2つあると思っています。特にNISMOについてはブランドを拡大する非常に良い機会かな…と。
ただ、闇雲にラインアップを増やすということではありません。NISMOの価値は強力で、日本を超えて世界に多くのファンがいます。だからこそ、ビジネス面だけでなくブランド面でもより活用していきたいと考えています。
―― 日産は過去30年くらいで、「セドリック」、「ブルーバード」、「サニー」と言った伝統的なモデルを整理してきました。社長の中で「これ復活させたい!」と思うようなクルマは?
その質問にはいつも同じ答えで「シルビアを復活させたい!」ですね。
もちろんすぐに実現できるかどうかは分かりませんし、その実現のためには非常に高いハードルがあるのも理解していますが、私の純粋なクルマ好きの想いです。
シルビアの中でもS15は特に私のお気に入りのクルマの1つです。日産では通常、いくつかの運転トレーニングを受けますが、私が最後にトレーニングの更新を受けた時に乗ったクルマがS15です。
ハンドリングコースでタイムを計測するととてもいいタイムで、インストラクターから「ワオ、あなたは良いドライバーです」とリアルに褒められた事をとても良く覚えています。
S15は我々が作った最高の“軽量”スポーツカーの1つです。ただ、あのように見事にチューニングされたシャシーと楽しい高出力のパワートレインの組み合わせは、今日の規制や衝突性能などを考えると再現が難しいですが、挑戦してみたいですね。
現時点では私の頭の中のアイデアでしかありませんが、いつか実現できる事を常に願っています。

―― シルビア復活は、日産の体力次第だと言う事だと理解しました。現在まさに再建の真っ只中だと思いますが、その辺りの進捗はどうでしょうか?
まだやるべきことはたくさん残っていますが、スケジュール通りに進んでいます。
我々は2026年度に営業利益とフリーキャッシュフローの黒字化を目指していますが、第2四半期が終わった所で言うと私たちが期待していた事に沿っています。
―― 冒頭の質問で、日産の反省は「風通しの悪さ」とありましたが、私はメディアとのコミュニケーションも大事だと思っています。他社だと執行チームと気軽にクルマの話ができるチャンスがありますが、日産はと言うと…。我々も日産が良くなってほしいと願っている応援団ですので、そんな機会をもっと持っていただけると嬉しいです。
いつでも喜んでお話しします。そして、日産がコミュニケーションにおいてよりオープンになっていることをご理解いただきたいですね。
私たちはトップマネージメントと従業員だけでなくトップマネージメントと市場、つまり社内と社外のコミュニケーションもより改善していく必要があると認識しています。
残念ながらここ最近の日産は財務について話をする会社になっていましたが、社内には素晴らしいクルマと多くの優れた技術を作るために一生懸命働いている人がたくさんいます。
私はそんな情熱を持った“仲間”をもっと多くの人に知ってもらう必要があるので、是非ともお願いします。

※ ※ ※
今回インタビューをして嬉しかったのは、エスピノーサ氏が「クルマ屋の社長」であった事です。
更に以前は上記のような質問をしても、通り一辺倒の模範回答が返ってくるだけで、「本当にクルマ屋さんなのかしら?」と思う所もありましたが、エスピノーサ氏はクルマづくりの最前線にいたリアルな日産を経験しているので、会社の良い所/悪い所はもちろん、クルマの事も自分の言葉でしっかりと語ってくれるトップでした。
なかには「日本の自動車メーカーのトップは日本人じゃないと」と言う声もありますが、エスピノーサ氏は見事なくらいの「日産ちゃん」でした。
今回、そんなクルマ屋の“パッション”を直に聞くことができたので、「これまでとはちょっと違うかも!?」という期待を感じました。
もちろんパッションだけでは経営再建ができない事など筆者も重々承知していますが、パッションが無いとブランドは崩壊します。
今後も日産が日産であり続けるためにも、ここは守らなければいけない絶対領域だと思っています。
なぜなら、再建ができてもパッションが無い日産だったら、全く魅力はありませんので…。本当に「やっちゃえ日産!」
Writer: 山本シンヤ
自動車メーカー商品企画、チューニングメーカー開発を経て、自動車メディアの世界に転職。2013年に独立し、「造り手」と「使い手」の両方の想いを伝えるために「自動車研究家」を名乗って活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。



















































































