ブガッティが第一幕を降ろして10数年の時を経た1960年代。繊維産業で財を成したハンスとフリッツのシュルンプ兄弟は、彼らにとっても故郷であるアルザス地方にとって「ブガッティ」というブランドがいかに重要な存在であるかを、よく理解していたようだ。

●イタリアで復活し、再びフランスへ

　兄弟はアルザス地方ミュールーズに、世界最大の自動車コレクションを設立。そして世界最大のブガッティ・コレクションを設立した。その無謀ともいえる兄弟の情熱は、ブガッティの各モデルのみならず、ブランドの価値や伝説的なステータスをも維持することになる。

　シュルンプ兄弟が破産、スイスに逃亡したのち、そのブガッティ・コレクションを国家的遺産とみなしたフランス国家がコレクションを引き継ぎ、1982年にミュールーズで「自動車国立美術館（Musee National de l’Automobile）」がオープンする。

　現在では「シテ・ド・ロトモビル（Cite de L’Automobile）」と呼ばれているミュージアムは、総面積2万5000平方メートルにわたる広大なスペースに、6台が製作された「タイプ41ロワイヤル」のうちの2台を含む、約100台のブガッティ歴代モデルと、世界でもっとも希少でもっとも価値のあるほかのブランドの自動車も400台を展示している。

　一方、長らく休眠していた「ブガッティ」ブランドは、エットレの母国イタリアで復活を遂げることになる。1980年代後半、イタリア人実業家のロマーノ・アルティオーリ氏は伝説のハイパーカー「EB 110」を擁して、ブガッティを再び歴史の表舞台へと送り出したのだ。

　残念なことに、アルティオーリ氏の夢は1995年で終わってしまうのだが、一度動き出したブガッティのブランドが歩みを止めることはなかった。

　数年後、ブガッティはついに開祖の地モルスハイムに、再び居を定める。

●フランスのメーカーであり続けることの意思表明

　この地の古城「シャトー・サン・ジャン」を改装し、超近代的な楕円形の形状から「ブガッティ・マカロン」の名で知られるアトリエ（工房）を建設。また、エットレ時代にちなんだふたつの旧工房「レミズ」や「オランジェリー」もシャトー内に併設し、往年のブガッティ王国の再現に挑むことになった。

　このアトリエは、現在のブガッティが初めて上梓したハイパースポーツカー「ヴェイロン16.4」が、2005年から生産された場所だ。以来、エットレ・ブガッティの貴重な遺産は、世界最高のハイパースポーツカーの生産に情熱をいだく、意欲的かつ能力のあるスタッフたちと、この場所にあり続けている。

　2015年までに450台のヴェイロンが、ここで手作りされた。そして2016年以来、アトリエのスタッフたちは「シロン」および顧客のリクエストによって開発された派出モデル「シロン ピュールスポール」、「シロン・スーパースポール」をハンドメイド。

　そのうえ2018年以降は、往年の伝統に基づくコーチビルドを再現した「ディーヴォ」、「チェントディエチ」そして「ラ ヴォワチュール ノワール」などのビスポーク少量生産モデルまで手がけることによって、ブガッティは開祖エットレ時代の精神を、完全に取り戻したことになるのだ。

　ヴィンケルマンCEOは、今回の発表を以下のコメントで締めくくった。

「私は歴史、製品、チーム、そして地域など、ブガッティにまつわるすべてのものが大好きになりました。私たちはフランスのブランドであることを誇りに思っており、なぜエットレ・ブガッティがもともとアルザス地方に惹かれたのかが、今ではよく理解できます。7月14日の建国記念日は、フランス人スタッフにとって、そして私個人にとって本当に特別なものです。だからこそ、今年は特別なトリコロールとともに祝賀したいのです」

　そしてこの日、フランスの起源とブガッティの自動車産業のオートクチュールを象徴する青、白、赤3台の「シロン・スポール」をシャトー・サン・ジャンのファザード前に並べ、フランス国旗「トリコロール」を表現したのである。

＊　＊　＊

　先ごろ発表されたEVハイパーカー・ブランド「ブガッティ・リマック」により、ブガッティの本拠もいずれフランスからクロアチアに移行してゆくのでは、という噂が飛び交っているようだが、今回のフランス建国記念日に対する取り組みは、その憶測を払拭するという目的も含まれているようだ。

　ブガッティは今後もその本拠をフランス・モルスハイムとし、未来永劫フランスのブランドとして君臨し続けることを、ここに高らかに宣言したかに感じられたのである。