ソニーが作ったクルマなぜ売らない? 「ビジョンS」乗ってわかった狙いとは
ソニーが得意とするセンサーと車内エンタメの「走るショールーム」
概要説明が終わると、いよいよ試乗のスタート。EVらしくVISION-Sは静かにスムーズに走り出す。
路面が石畳だったこともあって、車内ではその走行音ときしみ音が聞こえてはきたが、それ以外の音は極めて静か。この環境下なら、用意したエンタテイメントのコンテンツも楽しみ甲斐があるというもの。コンセプトモデルとはいえ、ここまで完成度の高いEVを作り上げたのには本当に驚いた。
では、ソニーがVISION-Sを開発した狙いはどこにあるのだろうか。
ひとつはADAS(先進運転支援システム)などをサポートするセンシング技術をアピールすることだ。そのためにVISION-Sにはソニーが手がけてきた計33個の各種センサーを搭載している。そのセンサーで見逃せないのは、対象物までの距離を高精度に測定できるToF(Time of Flight)センサーが含まれていることだろう。
このセンサーは、昼夜を問わず対象物を3次元で捉えることができ、ここで得られたデータは自動運転の実現には欠かせないとされている。ソニーでは、このセンサーをイメージセンサーに続く次の柱にしたいと考えているのだ。ただ、車載用デバイスはカメラなどで使う一般のセンサーとは違い、高度な信頼性を獲得しなければ採用には至らない。
VISION-Sの開発責任者を務めたソニーの執行役員AIロボティクスビジネス担当 川西 泉さんも、「センサーでクルマの安全性を担保するには、厳しい条件をクリアしなければなりません。それは実際に走らせて初めてわかることも多いのです。VISION-Sを投入することは、そのメカニズムを知った上でセンサー技術を改善していくことにもつながると考えました」とコメントする。
たとえイメージセンサーでシェア50%を超えているソニーでさえ、車載事業で信頼性を得るにはクリアすべきハードルが存在しているというわけだ。
もうひとつのアピールは、ソニーが得意とする車内エンタテイメントシステムだろう。
前出のパノラミックスクリーンにもあるように、ソニーは映像や音楽などを再現するAVシステムについては業界を常にリードし続けてきた。車載用としてもカーオーディオを早くから手がけ、日本でこそ撤退したままですが、いまでも海外では高評価を得ている。そうした技術をアピールするにもVISION-Sは重要な存在になるというわけだ。
その具体例が、VISION-Sに搭載された「360 Reality Audio」だ。これは没入感のある立体的な音場を実現するソニーの新技術で、車載用として搭載したのはこれが初めてとなる。
この技術で見逃せないのは、これまでのサラウンドとは違い、臨場感を再現しながらボーカルや楽器など演奏者の定位感をしっかりと保っていること。これが各シートすべてで再現できるのだ。こうした技術は机上で説明するよりも、実体験してもらったほうがわかってもらいやすい。そうした考えがソニーにはあったに違いない。
それにしても、ここまでの完成度を実現しているVISION-S、はたして販売はされるのだろうか。
前出の川西さんは「そういう問い合わせは多いのですが、今のところ販売する予定はありません」と残念な回答。しかし、この日の説明では、このVISION-Sを日米欧のエリアごとに配備する計画を進めていることも明らかにされた。
それらは年度内にも公道での走行実験をおこなう予定になっているそうで、各車両には5Gを実装し、ネットワークへの「常時接続」を実現する通信システムも搭載される予定だという。
川西さんは「移動のニーズがなくなることは、今後も絶対にあり得ません。ソニーが得意とする分野に注力しながら、将来はコネクテッドカーとしてクルマのアップデートをタイムリーに、かつ柔軟にサポートできるプラットフォームを提供する予定です」とも語っている。
これから先もソニーが車載事業でリードしていく姿勢をはっきりと示した。1979年に登場したウォークマンが、音楽を聴くスタイルを大きく変えたように、VISION-Sが21世紀のクルマ文化を根底から覆すようなきっかけをソニーが提供してくれるのかもしれない。
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