水素の取り組みを振り返る 「つくる・はこぶ・つかう」の現状・課題・展望は 日本全体で推進へ
カーボンニュートラル実現に向け、トヨタ自動車が推進する「水素社会」への挑戦。モータースポーツの現場で鍛え上げられた技術は、いよいよ社会実装のフェーズへ移行している。本記事では、展示された「第3世代FCシステム」や商用車を起点とする「水素大動脈構想」など、トヨタが描く未来のインフラ構築の全貌に迫る。
トヨタの水素に対する取り組みを振り返る
近年、カーボンニュートラルの実現に向けて多様な次世代エネルギーの選択肢が模索される中、トヨタはマルチパスウェイのひとつとして「水素」の可能性を追求しています。
その最前線となっているのが、モータースポーツの現場である「スーパー耐久シリーズ」です。2021年にモリゾウこと豊田章男氏が自ら水素エンジン車に乗ってレースにデビューして以来、トヨタは「つくる」「はこぶ」「つかう」という水素のサプライチェーンを、レースという極限の環境下で実践し、鍛え上げてきました。
今回は、スーパー耐久シリーズ2026 富士24時間レースの現場で中嶋副社長、CV Company・木全プレジデント、CV Company・太田チーフエンジニア、水素ファクトリー・山形本部長の解説をもとに、トヨタの水素事業におけるこれまでの歩み、直面している現状の課題、今後展開される「第3世代FCシステム」が切り拓く圧倒的な未来の展望について、解説します。

トヨタの水素への挑戦は、単なる新型車両の開発にとどまらず、社会全体のインフラ構築を見据えた「つくる」「はこぶ」「つかう」の全方位にわたって展開されています。
中嶋副社長は、水素の取り組みの当初、「運ぶ」というテーマで、水素の輸送技術の開発に着手。初期の水素輸送は、重量がかさみ輸送効率の悪い「鉄カードル」からスタートしました。その後、軽量化を実現した「樹脂カードル」へと進化させ、現在では大容量の水素を安全かつ効率的に運ぶための「貯蔵モジュール」へと発展を遂げています。
さらに、水素をより迅速に充填するための技術開発も進められました。大流量での充填を可能にするため、「給水素流量向上」の取り組みから始まり、ノズルを2つにする「ノズルツイン化」。
そして2本のノズルで同時に給水素を行う「ツイン充填」へと技術を進化させました。これにより、大容量の水素を必要とする大型トラックであっても、従来のディーゼル燃料の給油とほぼ同等の短い時間で給水素を完了させることが可能になっています。
また「つかう」領域において、トヨタは商用車を中心にラインナップを拡大。2021年の第1世代FCモジュールを搭載したFCバス「SORA」から始まり、CJPT(Commercial Japan Partnership Technologies)を通じた小型FCEVトラックや、各社との協業による大型FCEVトラックを開発しています。また、オーストラリアでの実証実験などを経て、ハイエースを用いた水素エンジン車(H2 ENG)や、それにハイブリッドシステムを組み合わせた「H2 ENG HEV」への進化も進められています。

さらに、自治体や企業と連携した「BtoG(地域 水素利用)」の取り組みを通じて、水素社会のすそ野を広げています。水素を日々の生活の中で当たり前のものとして認知してもらうため、以下のような多様な車両が社会に投入されています。
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・毎日の決まったルートを走り、子どもたちにも水素の価値を伝える「給食配送車」や「ゴミ収集車」
・万が一の水素欠(ガス欠)に対応するため、水素を現場へ届けるJAF連携の「次世代ロードサービス車」
・地域交通を支えるBRT(バス・ラピッド・トランジット)や、クラウンを用いた「水素タクシー」
・災害時に非常用電源としても機能する「なまず号(地震体験車)」や救急車
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水素の活用は、モビリティの領域を超えて生活・インフラの領域にも浸透。水素を利用した「定置発電」や「船舶」への応用だけでなく、「生活への拡がり」として、燃焼時に水しか出ないという水素の特性を活かした取り組みが行われています。
具体的には、「水素グリル」や「水素ピザ窯」、「水素焙煎コーヒー」といった調理器具への展開が挙げられるほか、世界有数のサウナメーカーであるハルビア社と提携し、「水素サウナ」の実用化・商品化に向けた共同開発にまで着手しています。
さらには、水素を「安価に」つくるための取り組みも重要視され、小規模な水電解装置の導入から始まり、トヨタの元町工場では大規模な水電解装置を稼働させるなど、製造コストの低減とスケールメリットを追求する取り組みが進められています。

着実な技術的進歩を遂げている一方で、水素社会の普及には依然として高く困難なハードルが存在しています。現場の開発陣が口を揃えて指摘する最大の課題は、「経済性」と「水素ステーションを中心としたインフラの課題」です。
水素事業の推進役である木全氏や山形氏が語る障壁は「経済性が成り立たない」という厳しい現実でした。車両本体の価格が高く、さらに水素燃料の価格も高止まりしているため、利用者が増えにくい構造になっています。その結果、利用量がまとまらない水素ステーション事業者は赤字を強いられ、施設の休止や閉鎖に追い込まれるという悪循環が発生しています。
インフラが未整備で圧倒的に使いづらい状況では、いくら優れた車両を開発しても普及は進みません。
要となる水素ステーションは、設置費用だけでなく、日常の維持管理にかかるコストや労力も非常に大きな負担に。この課題に対し、トヨタは自社の世界的な強みである「TPS(トヨタ生産方式)」を水素ステーションの現場に導入し、運営改善を図るというアプローチをとっています。
これまでは、施設にトラブルが起きると専門業者が到着するまで営業を停止せざるを得ませんでした。そこで、ステーション事業者自身が効率的に日常のメンテナンスを行える仕組みを構築し、トラブル発生時のダウンタイムやメンテナンス費用を大幅に削減する取り組みを進めています。
また、高価な充填ホースの長寿命化に向けた技術的改善を行うと同時に、日本の厳しい規制当局に対して安全性のデータを示しながら、より合理的なメンテナンス基準への緩和を交渉する地道な努力も続けています。
海外では24時間セルフでの給水素が可能な国もある中、一部を除いてライセンスを持った作業員が必須となる日本での制度改正については、国への働きかけが急務となっています。

山積する課題を乗り越え、水素社会を本格的な社会実装フェーズへと引き上げるための次なる一手として、今後の水素商用車展開の最大の核となるのが「第3世代FCシステム」です。
これまでトヨタが開発した大型トラックには、乗用車である「ミライ」に搭載されているFCスタックを2つ連結して搭載。しかし、今回発表された第3世代のモジュールは、最初から「大型商用車(ヘビーデューティー用)」としてセルの設計から新たに見直され、専用に開発されたものです。
このシステムの出力は300kW相当という強力なパワーを誇り、バッテリーと組み合わせることで、従来のディーゼルエンジンが担ってきた過酷な作業領域をほぼカバーすることが可能だといいます。
さらに画期的なのは、そのパッケージングです。元々ディーゼルエンジンが搭載されていたトラックのスペースに、そのまま「ポン置き」できるコンパクトなサイズと形状に設計されています。
この高い汎用性により、各社の車両に容易にこのFCシステムを搭載できるようになります。他社へのシステム外販も含めて一気に普及台数を増やし、量産効果による劇的なコストダウンを実現するという強い決意が込められています。
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トヨタが乗用車よりも先に、頑なに大型トラックなどの商用車を優先して開発している理由は、日本特有の水素普及戦略と深く結びついています。
個人の乗用車は走行ルートが不規則なため、どこにステーションを建設すべきかの投資判断が困難です。一方で大型商用車は、走る物流ルートや稼働時間が完全に決まっています。多数の大型トラックが特定のルートを毎日走行し、大量の水素を確実かつ安定して消費してくれれば、水素ステーションの稼働率が劇的に向上し、インフラ事業が自立して黒字化できるようになります。
この戦略を国レベルで具現化したのが「水素大動脈構想」です。福島から福岡に至る日本の主要な物流ルート上に集中的に水素ステーション網を整備し、大型商用車を呼び水としてインフラの土台を構築します。
トヨタの水素への取り組みは、一企業の利益を追求するものではなく、資源の少ない日本の未来を支える次世代エネルギーインフラを構築するための壮大な挑戦です。
Writer: くるまのニュース編集部
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