米国産カムリ導入の裏側 トヨタ中嶋副社長が語る正規認証へのこだわり
自動車業界が直面する「クルマの開発スピード」に対し、トヨタは「認証のTPS」でプロセスを適正化して加速させていく狙いがあります。中嶋裕樹副社長(CTO)が日米の認証制度の差異や、グローバル展開でのデータ活用の重要性を解説。さらに、SDV(ソフトウェア定義車両)時代を見据えた新たな認証のあり方と構造改革の全貌を紐解きます。
カムリ、タンドラ、ハイランダーに見る「型式指定」の選択と戦略
100年に一度の大変革期と呼ばれる現代の自動車産業。各自動車メーカーは、これまでにない複合的な課題に直面しています。
そうしたなかで、「認証とクルマづくり」について、トヨタの技術トップであるチーフ・テクノロジー・オフィサー(CTO)の中嶋裕樹副社長は、どのように現状を分析しているのでしょうか。

クルマが公道を走るために不可欠な「型式指定」などの認証制度ですが、その取得プロセスにはメーカーの戦略やその車種が持つ意味合いが色濃く反映されます。
中嶋副社長は、米国市場向けに開発された大型ピックアップトラック「タンドラ」や大型SUV「ハイランダー」と、かつて日本市場でも親しまれ、現在は海外生産が主軸となっているセダン「カムリ」を例に挙げ、トヨタがそれぞれの認証に対してどのようなアプローチを取ったのかを明かしました。
タンドラやハイランダーについては、日本での流通台数が少ないこともあり、日本の車検制度の基準に合わせる形で必要な改造を施し、「大臣特認」という枠組みを活用してお客様に届けていると言います。これらは台数も限定的であり、ある種の特例措置とも言えます。しかし、カムリに関しては、全く異なる決断を下しました。中嶋副社長は次のようにその意図を説明します。
「カムリがこれら(タンドラ等)と違うのは、アメリカで作ったカムリを日本に持ってくること自体に大きな意味があるからです。元々日本にマーケットがあったクルマですし、『アメリカで作ったメイド・バイ・トヨタの車を日本に持ってくる』という新しいチャレンジとして、ある程度まとまったボリュームを出していきたい思いがあります。そのため、少量を特例で持ってくるのではなく、正規のルートで通常の認証をすべて受けてお届けすることを選択しました」
この言葉からは、カムリという車種に対するトヨタの並々ならぬこだわりと、正規認証に対する真摯な姿勢が伺えます。しかしその一方で、トヨタは過去に認証に関わる問題を経験しています。中嶋副社長は、データの取り扱いやガバナンス、マネジメント体制において「おろそかだった部分が正直あった」と率直に反省の弁を述べています。
この反省から生まれたのが、トヨタが得意とする生産管理手法を認証プロセスに応用した「認証のTPS(トヨタ生産方式)」です。
仕事のやり方を根本から見直し、国交省に対して四半期報告を行うなど、信頼回復に向けて構造改革を進めてきました。
その結果、今回のカムリの認証においては、過去の膨大なデータを活用した効率的な審査、すなわち「審査の合理化」を目指したのです。中嶋副社長は、現在の認証プロセスの変化をこう語ります。
「国交省が『審査の合理化』を目標に掲げていることもあり、今回は認証車を多数(試験用に)作るのではなく、数台に絞り、残りは豊富な過去のデータで確認していただいています。ガバナンスが効いていることが大前提であり、自信がないものであれば従来通り実車を仕立てて立ち会い審査をお願いすることになります。ケースバイケースではありますが、大きな一歩だと認識しています」
かつての認証問題を経て、トヨタが「認証のTPS」を掲げ、プロセスを徹底的に可視化・適正化したことは、単なる信頼回復に留まらない意味を持っています。
過去の「正しいデータ」を資産として活用し、実車による試験を最小限に抑える試みは、今後の開発スピードを飛躍的に高める可能性を秘めています。中嶋副社長が言う「ガバナンスが大前提」という言葉は、裏を返せば、メーカー側が自らのデータに絶対的な責任を持てる体制を構築して初めて、デジタル時代にふさわしい「合理的な認証」が成立することを示唆しているのです。

ではここで、事前認証(日本)と事後認証(米国)の違いとはどのようなものなのか振り返ります。
認証制度を世界的な視野で見たとき、日本の「事前認証(型式指定)」と米国の「事後認証」には、その思想において決定的な違いが存在します。
日本の「事前認証」は、量産を開始する前に国交省などの審査機関が立ち会い、安全基準や環境基準を満たしているかを厳格にチェックし、国が太鼓判を押してから販売を開始する仕組みです。
一方で米国の「事後認証」とは、車両を製造・販売する前に政府から事前の許可を得るのではなく、あくまで「製造者(メーカー)側の責任」において、国の基準を満たしていることを自ら証明して市場に投入する仕組みです。市場に出た後に、もし法規違反や安全上の問題が発覚した場合は、メーカーが莫大な責任とペナルティを負うことになります。
中嶋副社長は、実務的な違いについて以下のように述べています。
「米国の事後認証は世の中にクルマが出てから何か問題があった場合に、それが法規に抵触しているとなれば、すべてメーカーの責任になる。すなわち、ものすごくメーカーにとってはハードルが高いものの、ラインオフしてお客様にお届けするまでの間のリードタイムは短縮できるというメリットがある。一方、日本の場合は国交省が我々自動車メーカーの代理となって安全や法律に適合していますよということを、ある意味、保証していただいてから作り出すことができる」
この制度の違いは、そのまま消費者、すなわち「お客様が抱く安心感」の違いにも繋がると中嶋副社長は指摘します。
「お客様にとってみると、メーカーが事後認証で自分で大丈夫だと言うのではなくて、第三者が大丈夫だと言っていただいている分、安心感は増すのかなという気もします。(もし日本に事後認証を取り入れたとして)お客様がその(安心感の違い)をご理解いただけるかどうかが一番重要なポイントです。『合理化された認証システムにより早くクルマが届く』というメリットをお客様に感じていただけるようになれば、そうした方向への提案も可能になるかもしれません」
日本の事前認証制度は、自動車メーカーにとっては開発から発売までのタイムラグを生む「規制」と捉えられがちですが、日本の消費者が持つ「絶対的な安全・品質への信頼」の拠り所になってきたことも事実です。
しかし、激化するグローバル開発競争において、米国のような事後認証制度のスピード感はメーカーにとって大きな武器になります。中嶋副社長の指摘通り、日本市場において制度のスピード化を進めるためには、メーカーが不祥事を起こさないという圧倒的な信頼性を担保し、消費者に「事後認証でも事前認証と同等以上の安全が守られている」という合意形成を平時からはたらきかけることが必要不可欠です。それは、メーカーの「覚悟」が試される変化だと言えるでしょう。
また現代の自動車製造は、一国だけで完結するものではありません。トヨタは「地産地消」を基本にしながらも、グローバルな最適給付(サプライチェーン)を組み上げています。
例えば、日本で販売されているピックアップトラック「ハイラックス」はタイで生産され、日本に逆輸入されています。世界中に網の目のように張り巡らされたサプライチェーンを活用する時代において、認証制度はどうあるべきなのでしょうか。
現在、世界的な潮流として、国連の自動車基準調和世界フォーラム(WP29)が定める国際基準へ、各国の国内法を調和させる動きが進んでいます。日本もこの動きに同調していますが、依然として「各国の審査官が現地に赴き、実車による立ち会い審査を行う」というプロセスが前提として残っています。
こうした動きを変えていく変化点として、前述したカムリの審査が過去の豊富なデータをベースにした合理化審査を受け入れる「下地」とも繋がっています。
メーカーが世界基準に適合したデータを正しく管理し、国がそれを信頼して審査する。このエコシステムが回ることで初めて、国境を越えたスピーディな車両供給が可能になるのです。
サプライチェーンがグローバル化する中で、国ごとに全く異なる基準や、物理的な立ち会い審査を要求し続けることは、産業全体の埋没費用を増大させます。環境規制や安全基準が世界レベルで標準化されつつある今、認証のあり方もまた「現物合わせ」から「データ適合」へとシフトしていく必要もあるのかもしれません。

さらに時計の針を進めると、自動車産業は「SDV(Software Defined Vehicle:ソフトウェア定義車両)」という未知の領域へと突入しています。従来のクルマは、工場を出荷した瞬間が機能の頂点であり、その後は経年劣化していくだけでした。しかしSDVでは、スマートフォンのように購入後も無線通信(OTA:Over-The-Air)を通じてソフトウェアがアップデートされ、安全機能が進化し、新しいエンターテインメントが追加され、車両の性能そのものが向上し続けます。
この「進化し続けるクルマ」という概念は、従来の「工場出荷時の状態を検査して型式を指定する」という事前認証制度の根幹を揺るがすものです。中嶋副社長は、このSDV時代における認証のあり方について、次のように語っています。
「SDVの普及に伴い、クルマは継続的にアップデートされていきます。その中には新しい法規への対応も含まれるため、ソフトウェアの構造が変われば、当然新たに認可を受ける必要が生じます。ただ、ハードウェアのように現物の審査に立ち会っていただくのではなく、『ソフトウェアをこのように変更し、どのような影響があるか』というレポートを提出し、承認をいただく形になると思います」
ソフトウェアの変更は、物理的な衝突実験のように「壊して目で見る」ことができません。だからこそ、メーカーによるプロセスの開示と、シミュレーションデータの信頼性がすべてを決定します。しかし、中嶋副社長が最も懸念しているのは、規制当局の審査スピードが、ソフトウェアの開発スピードの足を引っ張ってしまう「逆転現象」です。
「今後、ソフトウェアのアップデートのスピードはさらに早まり、対応するメーカーも増えていきます。そうなった際、『より良いクルマをより早くお届けする』ためのアップデートが、認証の待ち時間によって遅れてしまっては本末転倒です。こうした背景から、これからの時代に即した新たな認証制度が求められる可能性があると考えています」
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認証問題における「認証のTPS」は、ルールを形骸化させず、自分たちが作ったデータに絶対の責任を持つという、モノづくり企業としてのプライドと誠実さの現れです。それが、SDVという未来のソフトウェア進化に耐えうる「新しい認証のあり方」を国へ提案していく原動力になります。
100年に一度の変革期において、圧倒的なスピード感で台頭する海外メーカーが、業界のルールを次々と書き換えています。その荒波の中で、トヨタがその強みである「プロセス改革(TPS)」をもって課題をひとつひとつ解決していく姿は、日本のモノづくりの意地を感じさせます。
Writer: くるまのニュース編集部
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