生誕40周年! ジウジアーロが手がけた「ピアッツァ」誕生のヒミツ

もはや戦後ではなく、世界有数の技術立国へと駆け上がった日本で、デザインや走行性能において欧州車と引けを取らないクルマが誕生した。今なお色褪せないデザインのいすゞ「ピアッツァ」は、どのようにして誕生したのだろうか。

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3件のコメント

  1. いすゞのピアッツァ もう40年になるんですね。
    当時高校生だった私は、「何と丸い不格好な車(一部ではおばさんが前屈をした車って言われてた)」と思いましたが、当時は角ばった車ばかりだし いすゞと言うこともあって後発のFFジェミニが売れて、さらにASKA(あすか)も売れたけれど、ピアッツァはパットせず何度か限定車で繋いでフェードアウトの印象でした。
    いすゞの協力会社に勤めていた関係もあり、知り合いにピアッツァを乗られた方がいらっしゃいましたが、外観デザインは好みの問題もありますが、内装とかハンドリングとかいわゆる先代のFR車のままで余り良くなかったみたいですし、大幅値引きでも売れなかったと記憶しております。

    しかし、今考えると時代を先取りしすぎて日本人が時代についてこれなかったのかと思います。
    ただ、後年ニコンのカメラを使うようになって、ジウジアーロ氏の名を知ることになり、振り返ってみると40年たった今でも古さを感じさせない外観は、やはり巨匠の作品だと思いました。
     昨今 特に日本車には「訳の分からないデザイン」の車が、溢れすぎていると感じる故、このピアッツァのデザインがいかに優れているかを感じます。
    これからも、日本で沢山のピアッツァの様な「40年先でも古さを感じさせない車」を、作って欲しいです。

  2. ヤナセでも発売されたJRピアッツァが藤沢の工場からキャリアカーで出荷されていくのを見ると何となく花嫁行列みたいな感じがしましたよw
    て言うのも場合によってはエルフに混じって搭載されたり、カタログ撮影用のピアッツァを積んだキャリアカーが走ってたり
    ISUZUの乗用車と言えば私は真っ先にフローリアンを思い浮かべるけど、久しくディーゼル乗用車として復帰したのもフローリアンで
    エンジン音はエルフと同じw
    流石にピアッツァにはディーゼルはなかったけどフローリアン後継のフローリアンアスカの4F系のOHCディーゼルターボはマジに速かった!
    横置きFFの悪い癖はあるもののMTなら軽くホイルスピンもしたし、願わくばFRのピアッツァに4FC1ディーゼルが載らないかな〜と本気で期待してました。
    本当にピアッツァのデザインは未来のデザインで実際に他のメーカーもこれに追従する形になりましたね。
    ISUZUっていい車造れる会社なのに勿体ないよね、ISUZUが生産したWFRファーゴなんてハイエースより頑丈だし、ジャーニーだってシビリアンOEMより全然良かった。
    NPR61系エルフから移植した4BD1はランクルのB系エンジンのコースターよりパワーあったしね、ISUZUって国宝なメーカーだと思う。
    セラミックグロープラグで急速余熱で寒冷地の強い見方だったな。

    • そうだよね
      なんでトラックメーカーになったのやら
      117とかベレGとかよかったのに
      そうだ工場長さん覚えてます?わたしW124と「チンピラ」でいろいろあなたと喧嘩したモンザと同一人物です
      車名のあとに「箕浦」とあったらモンザだと思ってください
      あっちのほうにもコメントしてますよ

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