スズキ 初代「ジムニー」が四駆を庶民のものに! 特撮ヒーローの車として子供からも人気
いまや「ジムニー」は、どのカテゴリーも属さない唯一無比のモデルとなりましたが、その歴史は1970年に始まりました。初代ジムニーである、LJ10型の誕生です。
ジムニーのDNA、実は他社から受け継がれたもの
いまや「ジムニー」は、どのカテゴリーも属さない唯一無比のモデルとなりましたが、その歴史は1970年に始まりました。初代ジムニーである、LJ10型の誕生です。
ジムニーのDNAは、実は他社から受け継がれたものであることは有名です。今はなくなってしまったホープ自動車が、1968年に発売した360ccの四輪駆動車「ホープスターON360」。三菱製のパーツをほぼハンドメイドで組み立てていたこのモデルの製造権を、鈴木自動車(現スズキ)の鈴木修常務(現会長)が買い取り、各部を大幅に手直しして「ジムニー」として生まれ変わらせました。
当時、四輪駆動車市場には三菱ジープをはじめ、トヨタランドクルーザー、日産パトロール(後のサファリ)がありましたが、排気量の大きな車種ばかりで、軽自動車規格のジムニーは、非常に斬新でした。
発売時のキャッチコピーは「自然に挑戦する男のくるま」。官公庁への需要が高かった他の四輪駆動車とは異なり、身近なサイズと価格、タフなイメージがうけて、ジムニーは庶民の人気車種に。TVの特撮ヒーローものでも主人公の車として登場し、子供たちも人気が出ました。
当時の軽自動車の排気量は360ccで、LJ10型はキャリイ・トラックの空冷2サイクル直列2気筒エンジンとトランスミッションを共用。ただし、発売当初のスペックはたったの25ps。一般道や高速道では、けたたましい音を立てながらもほとんどスピードに乗らず、普通に走るのも苦労したようです。
車重600kgという軽量さで泥濘地や砂地でも軽快に走行
そんなジムニーも、オフロードでは車重600kgという軽量さ、コンパクトゆえの取り回しの良さを遺憾なく発揮しました。ローレンジを持つ副変速機(トランスファー)によって心細いパワー&トルクは増幅され、大きな四輪駆動車が色を失ってしまうような泥濘地や砂地などを軽快に走行できたのです。
また荷台には、エンジンのパワーを取り出してウインチを稼働させるPTO(パワー・テイク・オフ)アタッチメントを装着でき、プロフェッショナルの現場でも活躍しました。
ちなみに初代ジムニーは、軽自動車規格に収めるためにスペアタイヤを助手席の後ろにマウントし、そのため3人乗り。ボディバリエーションは幌のみで、非常に脱着性が悪い構造でした。また発売当初のモデルの乗降口は上に巻き上げるロールカーテン式という簡素さでした。
ですが、登場から1年で各部をマイナーチェンジした2型が登場。エンジンの出力アップや幌ドアの採用など、細部が見直されています。
初代はその後、水冷エンジンを搭載し、バンモデルが追加されたLJ20型。さらに軽自動車規格の変更で水冷直列3気筒550ccエンジンに換装し、乗車定員も4人になったSJ10型とどんどん進化を果たし、ジムニーという世界を確立していきました。
【了】
Writer: 山崎友貴
自動車雑誌編集長を経て、フリーの編集者に転向。登山やクライミングなどアウトドアが専らの趣味で、アウトドア雑誌「フィールダー(笠倉出版社刊)」にて現在も連載中。昨今は車中泊にもハマっており、SUVとアウトドアの楽しさを広く伝えている。