まだまだ発展途上だった!? 振り返ると進化の途中といえた車3選

市場のニーズに対応するためや技術的な面で、クルマは時代の流れとともに進化を続けてきました。そうした進化の過程では、明らかに過渡期といえるモデルも登場。そこで、振り返ると進化の途中といえたクルマを、3車種ピックアップして紹介します。

まだまだ発展途上だったクルマを振り返る

 クルマの技術は日進月歩で進化を続けており、たとえば安全性能や燃費性能はここ10年ほどで飛躍的に向上しました。

まだ進化の過渡期だったといえるクルマたち
まだ進化の過渡期だったといえるクルマたち

 また、市場のニーズに合わせることもクルマの進化を後押ししており、むしろ取り残されれば販売台数に大きく影響してしまいます。

 そのため、各メーカーの開発陣は知恵を絞り改良を重ねていますが、なかには明らかに進化の過程で登場した「つなぎ役」といえるクルマも存在しました。

 そこで、まだまだ発展途上だったといえるクルマを、3車種ピックアップして紹介します。

●マツダ4代目「ファミリア」

ライバルに対してアドバンテージが薄れてしまっていた4代目「ファミリア」

 マツダは1964年に、同社初の本格的な小型乗用車として初代「ファミリア」を発売しました。先行してライトバンがデビューしましたが、後にセダンがメインとなり、イタリアの名門カロッツェリア「ベルトーネ」がデザインを担当したボディは欧州風味漂うスタイリッシュなフォルムが特徴でした。

 トヨタ「カローラ」や日産「サニー」に先んじて登場した大衆車の初代ファミリアは、マツダの主力車種となり、代を重ね、1977年に登場した4代目で大きな転換期を迎えました。

 それまでのセダン、クーペだったボディを一新し、3ドアハッチバックと5ドアハッチバックの2ボックスへと変貌を遂げました。

 すでに同クラスのライバル車は2ボックスに移行しており、ファミリアが追従したかたちの改良でした。

 外観は全体的に丸みを帯びたスタイリングで、1975年に発売された2代目「コスモ」に似た縦格子デザインのフロントグリルを採用し、上級車種をイメージさせる戦販が成功して販売も好調に推移していました。

 しかし、先代から引き継いだシャシだったことから後輪駆動のままで、基本設計の古さは否めませんでした。

 ライバルであるホンダ「シビック」や日産「パルサー」、三菱「ミラージュ」などが前輪駆動を採用して広い室内空間を実現していたことに比べ、ファミリアは不利な状況が続きました。

 そして1980年に「赤いファミリア」のキャッチコピーがつけられた5代目へとフルモデルチェンジしてFF化され、広い室内空間と直線基調のシャープな外観デザインが若者を中心に支持され、シリーズ最大のヒットを記録しました。

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●日産初代「セレナ」

ヒットしたものの、まだワンボックスワゴンに近い構造だった初代「セレナ」

 まだ「ミニバン」という言葉が広まる前だった昭和の時代、6人以上の多人数乗車が可能なクルマというと、キャブオーバータイプのワンボックスバンをベースにしたワゴンが主流でした。

 その後、平成の時代になると、主にセダンのプラットフォームをベースに開発されたミニバンが、急激に普及しました。

 そんななか日産は1991年に「バネットセレナ」を発売。前身のモデルであるワンボックスワゴンの「バネットコーチ」の後継車だったことからバネットの名が冠されましたが、1994年のマイナーチェンジで「セレナ」に改名されました。

 セレナの外観は現在のミニバンに通じるセミキャブオーバータイプで、全体的に丸みを帯びたスタイリングを採用し、ワンボックスワゴンのイメージを払拭しました。

 一方で、エンジンを前席の下に搭載したFRを採用するなど、かつてのワンボックスワゴンの名残りもあり、さらに商用バンをラインナップするなど、乗用ワゴンとバンの共存が図られていました。

 ユニークだったのがサスペンションで、上位グレードではフロントがストラット、リアがマルチリンクとされ、リアサスペンションには左右で1本のFRP製リーフスプリングが採用されました。

 このリアサスペンションによって、後席の乗り心地の向上と優れた走行安定性を実現し、さらに広くフラットな荷室フロアを可能にしました。

 しかしFRでは、低床化したFFのライバルに対しスペース効率の点で不利だったことから、1999年に2代目セレナが登場した際に、プラットフォームを一新してFFとなりました。

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●ホンダ2代目「インサイト」

乗用車としての使い勝手は飛躍的向上したものの燃費性能はまだまだだった2代目「インサイト」

 トヨタは1997年に、世界初の量産ハイブリッド車の初代「プリウス」を発売し、エコカーの概念を大きく変えました。

 その後、プリウスに対抗するために各メーカーともハイブリッド車の開発を進め、ホンダは1999年に初代「インサイト」を発売。プリウスを抜いて量産車では世界最高の低燃費、35km/L(10・15モード)を達成しました。

 この低燃費を実現するために2名乗車とし、アルミ製モノコックシャシやアルミと樹脂を組み合わせたボディパネルを採用して徹底的な軽量化をおこない、車両重量は800kg台前半に抑え、外装も空力性能を重視したスポーツカーのようなデザインを採用しました。

 当時のホンダが持つ技術を余すことなく投入された初代インサイトでしたが、2名乗車では一部のユーザーからしか受け入れられず、販売は低迷して2006年に生産を終了。

 その後ブランクを挟んで2009年に登場した2代目インサイトは、5人乗りの5ドアハッチバックに変貌を遂げました。

 2代目「フィット」のコンポーネンツを流用しながらも徹底的に軽量化し、パワーユニットは1.3リッター直列4気筒i-VTECエンジン+アシスト用モーターの「Honda IMA」システムを搭載。

 JC08モードで26.0km/L、10・15モードで30km/Lの燃費を実現し、189万円(消費税5%込)からという低価格化も進めた結果、3代目プリウス発売直前の2009年4月の販売台数で、ハイブリッド車で初めて月間販売台数第1位となりました。

 しかし、2代目インサイトは1モーターでEV走行ができないシステムであり、さらに燃費性能を高めた3代目プリウスが登場した結果多くのシェアが奪われ、2014年に販売を終了。

 そして再度のブランクの後、2018年に発売された現行モデルの3代目インサイトは、2モーターの「SPORT HYBRID i-MMD」となり、大きく進化を遂げました。

※ ※ ※

 本文中のファミリアや、セレナのように、駆動方式やエンジンの搭載位置が変わるような思い切った改良は、まさに進化の過程だったといえるでしょう。

 近年はそこまで大きな改良はほとんど見られませんが、今のクルマが成熟している証なのかもしれません。

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